杉江松恋の新鋭作家ハンティング 短篇なのに長く尾を引いて心から消えない小説ーー真門浩平『終着駅で待ち合わせ』
この人、いい短篇ミステリー書くなあ、と感心したのである。真門浩平『終着駅で待ち合わせ』(東京創元社)を強く、強くお薦めしたい。
収録作五篇のうち二篇が雑誌発表されたもので、残りは書き下ろしである。雑誌発表の二篇はいずれも既読だったが、改めて目を通してみると味わい深いものがある。
そのうち一篇の「夢落ち」は、東京創元社発行の『紙魚の手帖』Vol.27に発表された作品だ。主人公の〈わたし〉こと大野由佳は、決して前向きとは言えない人生を送ってきた女性だ。大学で向上心に溢れた同級生を見るにつれて自分には真似ができない、「なるべく頭を使わずに済む仕事がしたい」と思うようになり、「競争とは無縁でストレスの少ない職を探し」て大手不動産会社の事務職に採用されるも、二年も経たないうちに「仕事ができない子」として扱われるようになった。
一人暮らしの生活で困っていることは、夜中にジャンクフードを食べたいという衝動から逃れられないことである。その夜も駅前のコンビニエンスストアでカップラーメンを啜りながら「美味しさと己を律することのできない惨めさに」ぽろぽろと涙を流してしまっていた。そこに声をかけてきた男性は、小・中学校の同級生だった羽鳥くんだった。しばらく会っていないのになぜ自分だとわかったのかと問われて彼は、こどものころと「泣き方が、同じだった」からだと答える。
この幼なじみが〈わたし〉の人生を変える提案をする。彼の先輩に夢を研究する人がいるから、相談してみようというのである。どういうことか。夢の見方を追及していくと、やがて第三段階に行き着く。いわゆる明晰夢で、夢の内容を自在に操ることができるというのだ。ならばその中で、好きなだけ食べたり飲んだりしたらいい、と羽鳥くんに紹介された男性、向井さんは言う。半信半疑で〈わたし〉は夢の練習を始める。
おっと。おもしろい設定だけど、今までのところまったくミステリーの要素がないとお思いか。私も雑誌の初出時はそういう印象を抱きながらこの短篇を読んでいた。でも、これはこれでいいか、と。〈わたし〉はちょっと情けないけど、共感せずにはいられない主人公だし、羽鳥くんという友人もいい味のサブキャラクターである。そうか、夢の話か、こういうのも書くんだなあ、と思ってページをめくっていくと。
突如「夢落ち」はミステリーに化けるのである。それも緻密な論理展開を持つ、犯人当て小説に。そんな馬鹿な、と思うだろうが、化けるのである。私もすこぶる驚いた。そして、少し戻って前のページに目を通し、周到な伏線がすでに敷かれていたことを確認したのだった。
構成はまったく違うが、ミステリーであるという要素を盾にとって読者の心情を操作する作品が「非業の死」である。語り手の豊川秋斗には春樹という兄がいる。秋斗は横浜にある大学の工学部に通っていて少なくとも出来の悪い弟ではないのだが、春樹には敵わない。兄は東京の大学を出ると「日本の未来のために働きたい」と言って財務省入りを果たしたのであった。その言葉のとおり誠実で、ひたむきで、非の打ちどころのない人物である。そういう兄に対し、秋斗がひそかな劣等感を抱いていたとしても誰が咎められるだろうか。
この豊川一家を悲運が襲う。地震が起きたのだ。彼らの住んでいる地域は震度5とそれほどの揺れではなかった。にもかかわらず、春樹は不慮の死を遂げてしまう。この出来事に一家は耐えられなかった。両親と妹の夏海、残された四人の絆はあることから綻び始め、やがて一家の者たちは揃って暗い世界へと突き落とされることになる。
これもまたミステリーの要素が見当たらない展開なのだが、大丈夫、ちゃんと謎解きの小説になるのである。「夢落ち」と違うのは、謎が解かれれば終わり、ではなくてその後があることだ。謎が解けたことで、それまでは見えなかったことが目に入るようになる。もちろん一人が亡くなっているわけで完璧なハッピーエンドはありえないのだが、納得のできる境地まで読者を連れていくための各駅停車のような小説の歩みに、この謎解きが大きく貢献している。なるほど、こういう書き方もありうるのか。
残り三篇、最初の「各停十三駅分の帰り道」と最後の「写真には写らない」、真ん中の「天森町は今日も雨」はいわゆる日常の謎、犯罪を構成する要素がない物語だ。前の二篇は設定などが呼応する内容になっていて、青春ミステリーの味わいがある。「各停十三駅分の帰り道」は電車内という閉じた場所で話が終始するもので、終わり方が綺麗だ。
残る「天森町は今日も雨」は不思議な小説である。これも雑誌掲載が初出で、『小説新潮』2025年6月号に発表された。視点人物の〈ぼく〉ことダイ、ハカセ、ユリという三人の小学生を中心にした話で、一つの物を巡る観察と、そのタイムスケジュール作成によって謎が解かれる話になっている。詳しくは省略。ちょっとおもしろいのは舞台設定で、最初からぬけぬけと、ある意外なことが書かれている。普通ならそこになんらかの説明が行われそうなものだが、作者はそうしない。所与の条件として普通に提供している。
いわゆる特殊設定とは違う。特殊な舞台なのだが、物理法則はいじられていないからだ。ではそれがなんのための設定なのか、という関心で読ませられてしまう。物語の中にちょっとした不思議を抵抗感なく入れてしまえるというのは、それ自体が一つの才能だろう。
こんな具合の短篇集である。ノンシリーズで、どれもちょっと青春小説的な味わいがあって、甘いばかりではなくてほろ苦いところもある。つまりいい小説だ。
真門は二つの新人賞・コンテストを経由して世に出た作家である。先に受賞したのが第19回「ミステリーズ!」新人賞で、2022年に「ルナティック・レトリーバー」という短篇でそれを獲った。続いて光文社が主催する新人発掘プロジェクト〈カッパ・ツー〉の第三期に連作短篇集『麻坂家の双子喧嘩』が入選し、『バイバイ・サンタクロース 麻坂家の双子探偵』(光文社)と改題の上刊行された。これが初の著作だ。続いて「ルナティック・レトリーバー」を含む作品集『ぼくらは回収しない』(東京創元社)が刊行される。二冊目。
『バイバイ・サンタクロース』はミステリーの約束事の裏をかくようなところがあり、その皮肉さも味わい深かったのだが、ノンシリーズ短篇集の『ぼくらは回収しない』のほうが、素材をそのまま出していて、作者の資質がよく表れているように感じた。本書は後者に近い作品集である。
これまですべて短篇集、しかもそれぞれの品質が高い。短篇好きとしては非常に注目している書き手である。「夢落ち」のような短篇をこれからも書いていってもらいたい、と思う次第である。真門の小説は余韻がいい。短篇なのにいつも、その後に長く長く尾を引いてしばらく心から消えてくれないのだ。
■書誌情報
『終着駅で待ち合わせ』
著者:真門浩平
価格:1,870円
発売日:2026年7月30日
レーベル:ミステリ・フロンティア
出版社:東京創元社