雨穴「変な」シリーズは本当に“変”なのか? 最新刊『変な地図』の魅力を5人の書評家が紐解く

 YouTuberとしても活躍する作家・雨穴による大ヒット「変な」シリーズ。その最新作『変な地図』は、文章と図版を用い、読者を飽きさせない仕掛けが散りばめられた「変な」シリーズの集大成と言える一冊だ。発売から100日あまり、70万部を突破しなおも売れ続けるこの作品は、どこが新しく、何が人を惹きつけるのか——その魅力を5人の書評家に語ってもらった。

『変な地図』(雨穴/双葉社)

杉江松恋:これは「何が起きているのか」を問うミステリー

 本格的な謎解き小説だ、それもかなり懐かしいタイプの。

 雨穴『変な地図』は、人気の「変な」シリーズ最新刊である。ホラー・ミステリーだから怖い小説のはずだと私は読んだのだが、ページをめくるごとにわくわくしてくるので、これは変だなと感じる。やがて確信した。これは「何が起きているのか」を問うミステリーなのである。

 矢比津鉄道母娘山トンネル内で起きた轢死事件と思われる断章が巻頭に置かれる。トンネルの地形図が解くべき謎の対象となるのだが、それに関する推理が図解の形で何度も出てくるのが小説の特徴になっている。それ以外にも図が頻出する。専門性が高い語彙まで図で説明されるのだ。通常の小説であれば文章で説明する箇所も図版で代替される。文字によるタイポグラフィにも似た異化効果とも言え、慣れると一つのリズムとして気にならなくなる。

 そうか、トリックの図解か。私たちミステリーファンは、こういう小説をたくさん読んできた。たとえば〇〇〇〇の、と思わず作者と作品名を書きそうになったが、それではネタばらしになる。着想の独創性を文体で修飾するタイプの小説で、種明かしには素直に驚いた。おもしろいことを考えるなあ。

SYO:「ゲーム」チックな“操作性”まで盛り込まれている

 『変な地図』は小説でありながら、ただの小説ではない。文章のみで構成されておらず、様々な図が挿入される。地図や間取り、メモ、状況をわかりやすく説明したイラスト……意図的に簡略化されており「図式」の風合いが強い。この視覚的な演出が、作品全体にどこか懐かしい雰囲気を醸し出してもいる。「かまいたちの夜」を思わせるゲームブック的なニュアンス、脱出ゲーム風の始まりに「8番出口」を想起する者もいるだろう。

 シリーズの顔である主人公・栗原の存在もしっかり連動している。内面描写を極力抑え、説明口調を施し「行動」+「推理」にフォーカスすることで素人探偵ものとしてのテイストを強めつつ「ページをめくる」=「コントローラーのボタンを押してゲームを進行させる」感覚で読み進められる仕様になっているのだ。そのため、400ページ超のボリュームであっても驚くほど負担なく読了できてしまう。興味を掻き立てられる「設定」の“強さ”や新事実が続々と明かされる「ストーリー」の“推進力”に、チュートリアルとしての役目を果たして読者を立ち止まらせない「画像」による“理解度の補強”や、「ゲーム」チックな“操作性”まで盛り込んだ設計は実に見事だ。

 視覚的な効果としては、絵面のインパクトを不気味な古地図に絞っている点も秀逸だ。京極夏彦の「百鬼夜行」シリーズを連想させるおどろおどろしさが、土地の血塗られた歴史に踏み込む重厚感を担保している。村ものといえば「八つ墓村」や「光が死んだ夏」のように過去の因習は必須事項だが、古地図がその呼び水として機能しているのだ。ただ――本書はそこで終わらない。その先入観を逆手に取ったトリックには驚かされることだろう。

『変な地図』(雨穴/双葉社)

嵯峨景子:青春小説としても魅力的な一冊

 令和のホラーブームの中でも、とりわけ高い人気を誇るジャンルのモキュメンタリー。その代表格として知られる「変な」シリーズは、語り手の雨穴と建築士・栗原がタッグを組み、さまざまな謎に挑む物語だ。シリーズ最新作の『変な地図』では、若き日の栗原にスポットライトが当たり、一枚の古地図に導かれた彼の冒険と、R県河蒼湖集落跡の秘められた歴史が描かれる。

 これまでの栗原といえば、オカルトやミステリーへの造詣が深い、冷静な探偵役としての印象が強い。ところが大学時代の彼は、素直すぎる性格が災いして周囲と上手くいかず、就職活動でも苦戦する不器用で融通のきかない青年だ。社会の中でうまく生きられない栗原が、祖母が遺した古地図の調査に乗り出し、さまざまな人と関わる中で自分の心や問題とも向き合っていく。本作は青年の成長を描いた青春小説としても魅力的な一冊で、栗原がたどりついた答えは人生に惑い悩む人への心強いエールとなるだろう。

『変な地図』にはミステリー要素もふんだんに盛り込まれており、過去の罪を告白する謎めいた手記や、現在進行形で起こる鉄道トンネル内の人身事故など、さまざまな時間軸の事件が絡みあいながら展開する。男尊女卑な価値観や古い因習が残る村と、妖怪が記された古地図はどのように結びついているのか。その謎のたどり着く先を見届けてほしい。

タニグチリウイチ:大きなタペストリーが織り上がる感覚

 食わず嫌いは本当に良くない。同じ作者の『変な家』を勝手にホラーだオカルトだと決め付けこちらもそうだろうと敬遠している人でも、読んでみればこれは凄いと驚ける。超まっすぐなミステリとしての面白さに溢れているという意味で。

 主人公は栗原文宣。『変な家』で語り手としての雨穴に助言を行っていた設計士が、まだ学生だった頃に経験した母方の祖母が残した古い地図の“正体”を探る展開が綴られる。田舎の因習が原因の猟奇で怪奇な展開でも待っているのかと思いきや、順々に状況を語り、手がかりを与えて先へと向かわせるミステリの常道をしっかりと踏んで進んでいく。

 結果、現代を舞台にした鉄道会社の社長がトンネルの中で轢死する事件の真相が明らかとなり、同時に事件の原因にもなった過去の出来事も暴かれて、大きな大きなタペストリーが織り上がるような感覚を味わえる。なんという構想力だと驚くばかりだ。

 昔の女性が虐げられていた中で自分を貫こうと頑張ることの素晴らしさやしたたかさも感じ取れる。そうした苦闘を知った栗原が、うまくいっていなかった就職活動にどう立ち向かうのかを決意する展開も、同じように就活に悩んでいる人に響きそう。その意味で人間の自立と成長を描いた物語でもあるのだ。

南明歩:これまでの雨穴作品とは一線を画す

 地図には多くの情報が詰まっている。なぜここに家が建てられたのか。なぜここに電車が通り、駅が作られたのか。ここで暮らす人々は何を食べ、何を生業としたのか。たった一枚の紙きれに刻まれた歴史は、ときに思いがけないものを私たちに突き付けてくる。

 YouTuber兼作家の雨穴が最新作でテーマにしたのは、地図。本作の主人公である栗原が見つけた、妖怪の蠢く不気味な古地図には、どこにも行けない集落で迫害されてきた人々の陰惨な過去が隠されていた。雨穴作品特有の禍々しさやジットリ感、大量の図解による親切設計はそのままに、読み味は非常に新鮮。栗原青年の冒険譚になっていることや、ヒロインポジションの女性が登場することから、青春の匂いが漂う作品に仕上がっている。強烈な禍々しさを放つ、これまでの雨穴作品とは一線を画す小説といえるだろう。

 そして、本作最大の特徴は、一握りの希望があること。幾重にも隠された事実が明らかになったとき、これまでの絶望は一気に浄化され、読者は強烈なカタルシスを味わうことになる。そして、地図とは人の闇が刻まれるだけのものではなく、古人が後世に受け継ぐ祈りの痕跡でもあることに気づかされるのだ。絶望と希望を両立させるラストは、雨穴作品の新たな到達点を示しているのではないだろうか。

『変な地図』(雨穴/双葉社)

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