ハリポタ×進撃の巨人? 2025年本屋大賞の翻訳部門大賞『フォース・ウィング』が圧倒的に支持される理由

 アメリカでベストセラーとなったレベッカ・ヤロスのファンタジー小説が、日本で『フォース・ウィング ―第四竜騎団の戦姫―(上・下)』(原島文世訳、早川書房)として刊行。4月9日発表の「2025年本屋大賞」で翻訳小説部門の大賞を獲得する人気ぶりを見せている。竜に乗って戦う騎手になるための学校に入った20歳の女性・ヴァイオレットが経験する過酷な訓練と、その中で育まれる恋愛を描いたストーリーが読者を沼に引きずり込んでいるようだ。

 ホグワーツ魔法魔術学校に入ったと思ったら、調査兵団にぶち込まれていたような感覚とでも言おうか。『フォース・ウィング ―第四竜騎団の戦姫―』を読み始めた人が抱きそうな感想だ。ヴァイオレット・ソレンゲイルはナヴァールという国で父親と同じ書記官になるための勉強をしてきた。ところが、ナヴァール軍でバスギアスの司令官をしている母親から竜騎手になるように命令され、バスギアス軍事大学の騎手科に入学することになる。

 ヴァイオレットは軍人の母親や竜騎手になっている姉とは違って小柄できゃしゃな女性だった。そんな彼女が軍事大学に進まされる展開からは、秘めていた能力なり目一杯の努力なりを発揮して、最底辺から下剋上を果たすようなストーリーが浮かぶ。同居していた親戚から逃れるようにホグワーツ魔法魔術学校に入ったハリー・ポッターが、仲間たちとの友情を育みライバルたちと競い合いながら、自分の運命と立ち向かった展開を思い出す。

 あるいは、佐島勤の『魔法科高校の劣等生』(電撃文庫)で劣等生と見なされながら、実はとてつもない力を持っていた司波達也なり、堀越耕平の『僕のヒーローアカデミア』で生まれた時は無能力者だったものの、オールマイトから能力を引き継ぎ雄英高校ヒーロー科で仲間たちに揉まれながら成長して緑谷出久の物語が重なって見える。ところが、『第四竜騎団の戦姫』はそうした学園ファンタジーとしての期待を、いきなり潰しにかかってくる。

 死ぬのだ。周りでどんどんと人が死んでいくのだ。まずバスギアス軍事大学に騎手候補生となるために、大学へと続く細くて長い橋を渡る必要がある。ここで滑って足を踏み外したり、入学後に竜と契約できる確率を高めようとしたりする同じ候補生の妨害に遭って転落し、何人もの入学希望者が死んでいく。無事に入学してからも、機会があれば他人を追い落とそうとする行為がまかり通っていて、いつ蹴落とされるのかも分からない。

 いくら授業は厳しくても、ホグワーツ魔法魔術学校で生徒が生徒に殺されるようなことは怒らない。それは魔法科高校でも雄英高校でも同様だ。それこそ諫山創の漫画『進撃の巨人』で新兵としての訓練を経て、エレンたちが配属された調査兵団のような苛烈さだが、そこでも敵は巨人であって仲間ではない。『第四竜騎団の戦姫』の帯にコメントを寄せているエレン訳の声優、梶裕貴も驚きの展開だろう。

 こう言われると、『第四竜騎兵団の戦姫』が恐ろしく殺伐とした小説のように思われてしまうかもしれない。敵意を向けられ虐めにも遭う受けるヴァイオレットに自分を重ね、次は誰が死んでしまうのかといった恐怖にも迫られ苦しくなってしまう読者人がいても不思議はない。それが、アメリカで500万部も売れてしまうベストセラーとなったのは何故なのか? そこは『魔法科』や『ヒロアカ』と同じで、追い込まれながらも頑張って乗り越え、自分よりも強い者たちに打ち勝っていくヴァイオレットを応援したい気持ちが、恐怖心に打ち勝ったからだろう。

 竜と絆を結ぶという、竜騎手にとって最も重要な儀式において、ヴァイオレットが他の誰よりも凄いことをやってのけた展開も、本好きで陰キャな自分に希望を与えてくれるものだと読者に受け取られたのかもしれない。なにしろ竜に疎まれれば絆を結べないどころか炎で焼かれてしまうのだ。ペットのような相棒を召喚してその優劣を競うのとは訳が違うシビアさがある。そんなイベントに臨んで、圧巻の勝利を得てしまうヴァイオレットに自分を重ねて喝采を贈りたくなるのも当然だ。

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