【連載】嵯峨景子のライト文芸新刊レビュー
『わたしの幸せな結婚』以外も豊作! 『よめぼく』森田碧の新刊など注目のライト文芸が続々
『少女小説を知るための100冊』や『少女小説とSF』などの著作で知られる書評家の嵯峨景子が、近作の中から今読むべき注目のライト文芸をピックアップしてご紹介する連載企画。今月は『よめぼく』著者の音楽青春小説や猟奇ホラーなど、5タイトルをセレクト。
東崎惟子『美澄真白の正なる殺人』(新潮文庫nex)
デビュー作の『竜殺しのブリュンヒルド』や、SF百合小説『少女星間漂流記』などを手掛けてきた作者による、初の現代を舞台にした猟奇ホラーサスペンス。
天主堂から聖歌が流れる長崎県のとある街。高校生の美澄真白は、強い正義感を持ち合わせた少女で、父親のような警察官になることを夢見て日々鍛錬を続けている。幼い頃の真白には紫音という友人がいたが、彼女が抱える闇に薄々気づきつつも、助けられないまま別れてしまった。心残りを抱えたまま八年が経ち、真白は紫音との再会を果たす。紫音と再び友情を育む真白だが、やがて彼女が父親から性的虐待を受けていることを突き止める。紫音を救い出そうと、真白は懸命に動くのだが……。
冒頭で真白がたどる結末が示されているように、物語はバッドエンドを迎え、救いのないラストは読者を突き落とす。大切なものを守るために、どんどんと道を踏み外していく真白の姿はやるせないが、暴走する少女の正義感や残酷な展開に引き込まれ、不思議と目を離せなくなってしまう。すべての人にはお薦めしがたい、けれども仄暗く歪な魅力をたたえた物語である。
森田碧『あの空に花が降るとき、僕はきっと泣いている』(ポプラ文庫)
Netflixで映画化された『よめぼく』シリーズが大ヒット中の森田碧。切ないラブストーリーで注目を集める作者の新作は、函館を舞台にした音楽青春小説だ。
恋人の千夏を病気で亡くして以来、翼は無気力になって高校にも行かず、廃人のような日々をおくっている。唯一の心の拠り所は、千夏が忘れ形見として残したメッセージアプリと会話をすることだった。ある日、幼馴染の真一が家を訪れ、千夏とそっくりな声をしたレモンティという歌い手の動画を見せてくれる。レモンティは、翼が数年前に制作して動画配信サイトにアップしたラブソングをカバーしていたのだった。レモンティの制服が自分たちと同じ学校だと気づいた翼は、謎の歌い手を捜すために久しぶりに学校に足を運ぶが――。
物語はそれぞれに苦しみを抱えた翼とレモンティが出会い、音楽活動を通じて交流を深め、生きる意欲を取り戻していく姿を描く。作中には函館出身であるレジェンドグループGLAYへのオマージュが随所に散りばめられており、バンドを題材にした音楽小説としても得難い魅力を放つ。早世した千夏が残した大きな愛と、残された人たちが未来に向かって進む姿に胸が熱くなる、優しさに満ちた温かな恋物語だ。
宮野美嘉『極悪女帝の後宮3』(小学館文庫キャラブン!)
唯我独尊型の強くて美しいヒロインを描き、唯一無二の世界を生み出す宮野美嘉。『蟲愛づる姫君』でも展開された一筋縄ではいかない夫婦の関係は、『極悪女帝の後宮』シリーズでも健在だ。
兄たちの首を刎ねて大帝国・斎の皇位を継いだ紅蘭は、国内外で邪魔者を容赦なく排除する残虐非道な女帝として人々に畏れられている。彼女の唯一の夫は、属国・脩の第五王子の龍淵。白銀の髪に深紅の瞳と人外の美しさをもつ男は怨霊を見る能力を持ち、紅蘭を憎んで彼女を殺そうと日々命を狙っている。紅蘭はそんな男を側に置いて手の上で転がし、獰猛な虎とその飼い主のような奇妙な夫婦関係を営んでいるのであった。
シリーズ3巻では紅蘭の姉の屋敷を舞台に、恐ろしい怪異を解決しようとする紅蘭と龍淵の攻防が描かれる。屋敷をさまよう怨霊は、二百年前に他の側室を毒殺して自ら命を断った皇帝の寵姫だと囁かれていた。だが調べを進めるうちに、おぞましい真実が明かされていき――。
残虐だが人を甘やかす能力にも長けた紅蘭は、龍淵のみならず女官たちをも魅了し、彼女にいたぶられて喜ぶ人が後を絶たない。紅蘭と龍淵の物騒かつ甘やかなやり取りが強いインパクトを残す、中毒性の高いシリーズだ。