なぜユダヤ人は陰謀論と結びつけられるのか? 歴史学者・鶴見太郎に聞く、ユダヤ人の「通史」に目を向ける意義
イスラエル問題はユダヤ人の歴史の蓄積の上で考えるべき
――ちなみに本書は、「古代」「古代末期・中世」「近世」「近代」そして「現代」と5章に分けて、ユダヤ史を追った内容になっていますが、特にどの章を読んでほしいですか。
鶴見:私の専門は近現代なので、第4章の近代、第5章の現代に関しては思い入れもありますし、読者もいちばん関心のあるところだとは思うのですが、著者として敢えておすすめするならば第2章でしょうか。
――「古代末期・中世――異教国家のなかの「法治民族」」の章ですか?
鶴見:第4章の近代、第5章の現代を読み解いていく上での基本的な「型」というか「観点」みたいなものは、実は第2章の時点でそろっているんです。第1章の「古代」に続けて第2章までを読むだけで、相互作用の中で変わっていくユダヤ人の在り方は、基本的には押さえられると思います。ちなみに第2章は「ラビ・ユダヤ教の成立――西ローマとペルシア」「イスラーム世界での繁栄――西アジアとイベリア半島」「キリスト教世界での興亡――ドイツとスペイン」の3つに分かれているのですが、その中でも特にイスラームとの関わりの中でユダヤ人が変化していったところが大きいので、ぜひ読んでいただきたいです。
――個人的には、第4章「近代――改革・革命・暴力」で、ロシア帝国における「ポグロム」――ユダヤ人に対して行われてきた民衆間の集団暴力について、かなり詳細に書かれている箇所が印象的でした。
鶴見:そうですね。イスラエル建国までの歴史を見る上では、ホロコーストだけではなく東欧・ロシアにおけるポグロムにも目を向ける必要があるでしょう。もともと近代のフランス、イギリス、ドイツはユダヤ人にとっては比較的、平和な時代で、反ユダヤ的な雰囲気はあったにせよ、フランスで起きた「ドレフュス事件」という冤罪事件があったくらいでした。だから、西ヨーロッパの歴史だけを見ると、急にホロコーストが起きたかのような印象になります。しかし、東欧・ロシアにおけるユダヤ人の歴史に目を向けると、ポグロムは結構前からありました。ポグロムを経験したユダヤ人が、民族発祥の地へ「帰還」しようとする近代的運動「シオニズム」を起こし、パレスチナにやってきてイスラエルを建国したんです。現代を理解する上で、いかに西ヨーロッパ以外の歴史が重要かがわかると思います。
――それと関連して、最後に現在のイスラエルの状況についてどのように考えているのか、少しお聞きしてもいいでしょうか?
鶴見:ひと言で言うのは、なかなか難しいところがあるのですが、イスラエルの激しさや頑なさの根源を理解するためには、やはりユダヤ人の歴史の蓄積の上で考えるべきであるというのが、私の基本的な捉え方になります。それは「古代から振り返らないといけない」ということでは必ずしもなくて、基本的には近現代を知っておけば良いとは思うのですが、特に東欧・ロシア地域でのユダヤ人の経験は、もう一度改めて見直す必要があるのではないでしょうか。ユダヤ人とパレスチナ人の「暴力の連鎖」みたいなことがよく言われていて、確かにイスラエル建国以降は――非対称性はあるにせよ――そういう面もあるように私も思いますが、それ以前に東欧・ロシア地域で起きた暴力が、現代にまで連鎖してきている。そのことについて、まずは考えなければならないと思うんです。
■書籍情報
『ユダヤ人の歴史-古代の興亡から離散、ホロコースト、シオニズムまで』
著者:鶴見太郎
価格:1,188円
発売日:2025年1月22日
出版社:中央公論新社