『シビル・ウォー』と併せて読みたい 2045年、分断されたアメリカを描くSF小説『マン・カインド』 

 昨今アメリカ合衆国が分裂するタイプのフィクションが大きな話題となっている。現在公開中の映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』がその代表格だが、それと呼応するようなSF小説である藤井太洋の『マン・カインド』も見逃せない一作だ。

 『マン・カインド』の舞台となる時代は2045年。AIドローン兵器が安価かつ有効になりすぎ、戦争の規模と内容がエスカレートしすぎたことから、先にルールを策定し、あらかじめ公表された人間の兵士があらかじめ公表された兵器だけを用いて限定されたエリアで戦う「公正戦」という概念が浸透している世界を背景としている。

 使用する武器弾薬や参加する兵士のメンバーも事前申請し、勝利条件も先に決めておくという、まるで「試合」のような公正戦には、これを請け負う企業やコンサルタントも存在する。公正戦請負企業は数百機のドローンで戦場をスキャンし、複数の敵を見つけ出し照準する照準手と、照準手のターゲッティングに沿って弾道を曲げる曲射弾を撃つ兵士とで構成されたORGAN(限定銃火器行使単位)部隊を擁する。一方の公正戦コンサルタントは戦争の当事者の一方に雇われ、国際的な規範の範疇で公正戦に勝利するためのアドバイス・部隊指揮を行う。国際的な規範を守っていることを証明するため、ジャーナリストによる取材に対しても情報はオープンにされており、戦闘はドローンやAIを使った取材で即座に報道される。物語の主人公は、そんな公正戦を取材するジャーナリストである迫田城兵(さこだじょうへい)だ。

 小説は、300万人の住む企業都市を擁する遺伝子編集作物の農業ベンチャー「テラ・アマソナス」が、コロンビアの街レティシアごと「独立」を宣言したところから始まる。周辺諸国であるブラジル、ペルー、コロンビアの3カ国は公正戦請負企業の「グッドフェローズ」に鎮圧を依頼し、対するテラ・アマソナス軍は152戦無敗の公正戦コンサルタントであるチュリー・イグナシオに防衛部隊の指揮を任せる。迫田は、この戦闘を取材するため最前線に赴く。

 チェ・ゲバラのコスプレのような扮装のイグナシオは、グッドフェローズのORGAN部隊に勝利。さらに捕虜である5人のグッドフェローズ兵を虐殺する暴挙を犯し、その様子を迫田に撮影・配信させようとする。厳正にルールを固めた公正戦において、捕虜の虐殺は最大級の違反行為だ。即座に記事を配信しようとする迫田だが、その記事は「事実確認スコア(データベースと照らし合わせ、記事内容が真実であると保証するスコア)」が足りないとして配信停止になってしまう。予想外の事態に動揺する迫田とグッドフェローズのORGAN部隊の生き残りであるレイチェルに対し、イグナシオは「虐殺された5人の捕虜の家族に、見舞金を渡してほしい」という奇妙な依頼を持ちかける。テラ・アマソナスから解放され、高額の金を受け取った迫田とレイチェルは、アメリカ各地に住む遺族を訪ねる旅に出るが……。

 『シビル・ウォー』は、ワシントンD.C.へと反乱軍である西部勢力が迫り、ホワイトハウスの陥落も間近という状況で、ジャーナリストが大統領を取材するために北米大陸を移動するロードムービーだった。一方で『マン・カインド』でのアメリカは、合衆国から自由領邦を名乗る18州が独立して内戦となったものの、ネットの安全性が上がってフェイクニュースの影響を排除できるようになったことで内戦が徐々に終結し、合衆国が再統合されてから12年後という設定になっている。しかし分断と内戦による傷跡は深く、同じアメリカでも沿岸の都市部とかつての自由領邦エリアではインフラや情報化に大きな差がある。

 そんなアメリカに点在するグッドフェローズ兵の遺族を、迫田は訪ねようとする。「ジャーナリストが、国内を二分する大戦でボロボロになったアメリカを長距離移動する」というこのストーリーと、『シビル・ウォー』のストーリーには共通点が多い。『マン・カインド』は今年急に出版された作品ではなく、もともとは2017年から2021年にかけて『SFマガジン』に連載された作品だ。連載時期はちょうどトランプ大統領の任期と重なっており、おそらく「内戦によって分断されたアメリカ」というアイデアにはこの当時の世相も反映されているのだろう。それにしても劇中のアメリカに関する基本的な設定が今読んでも全く古びていないことには驚かされる。むしろ、大統領選を目前にした今読むと、凄みを増している感さえある。

関連記事