『変な家』の飛鳥新社、ライト文芸レーベル「with stories」創刊の狙い 「挑戦したい人たちと純粋に面白いものを作りたい」

 「感動と勇気を。物語と共に。」――そんなキャッチフレーズとともに4月23日、飛鳥新社からライト文芸の新レーベル「with stories」が創刊された。ラインアップは高校生の男子と女子がユニットを組んで音楽ライブに挑む高橋びすい『ハジマリノウタ。』と、人の心に棲みつく魚が見えてしまう少年が主人公の文月蒼『水槽世界』。どちらも青春のまっただなかにいる人たちが読んで、前に進む勇気をもらえる物語となっている。どのような思いでこの作品を書いたのかを『ハジマリノノウタ。』の高橋びすい、どのような読者に「with stories」の作品を届けたいのかを編集担当の内田威に聞いた。(タニグチリウイチ)

小説って面白いよということが伝わるようなものが書けたら

高橋びすい『ハジマリノノウタ。』

――高橋びすい先生は昨年9月にMF文庫Jから『エヴァーラスティング・ノア この残酷な世界で一人の死体人形を愛する少年の危険性について』を刊行するなど、10年近くライトノベル作家として活躍してこられました。どのような経緯で新レーベルに参加することになったのですか。

内田威(以下、内田):シナリオ制作などを行っている株式会社テイルポットが手がけた作品のノベライズを考えていた時に、パートナー作家の高橋びすい先生を紹介していただきました。実際お会いして作品作りの話をしている最中に、高橋先生からとても面白いアイデアを伺ったのがきっかけです。

――高橋先生は、新レーベルの創刊にトップバッターとして起用されたことをどのように感じていますか。

高橋びすい(以下、高橋):緊張しています。責任重大な感じです。もちろん、最初ということで光栄だという想いもものすごくあります。10年近く出版業界にいて、いま小説が難しいといった話はよく聞きます。売れていると言われているライトノベル業界でもそうした話は聞くので、そこに新しいレーベルとして挑戦することはすごいことです。だからこそ、小説って面白いよということが伝わるようなものが書けたら良いなと思って書きました。

――その作品『ハジマリノウタ。』は、進学校に通って成績もトップクラスだけど特に熱中するものもなかった乙井奏太という少年が、フッと音楽に興味を抱いてのめりこんでいくところから始まって、弦川瑠歌という陰キャの女子が実は歌が上手いと知り、ユニットを組んでライブに挑む青春音楽ストーリーです。このテーマを選んだ理由は?

高橋:最初はまったく違う話で、東大を受けるというような勉強ストーリーなどが案として出ていたのですが、内田さんと話す中で、自分が高校でクラシックギター部に入ったけれど、周りに音楽経験者しかいなくて、未経験だった自分は相当頑張って追いつこうとしたという話をしたら、それが良いよという話になったんです。

内田:進学校に入って音楽をするということをご自身で体験していたので、それは高橋先生にしか描くことができないテーマだと思いお願いしました。

――恩田陸先生の『蜂蜜と遠雷』のように、音楽モノの小説はない訳ではありませんが、言葉によって音楽をどのように表現するかで工夫が必要で、難しいジャンルです。

高橋:音楽を小説で書くのは、結構イカれていると自分でも思いました。ライトノベルでは杉井光先生の『さよならピアノソナタ』などがありますが、それほど多くはありません。だからこそ新しいレーベルの一作目として相応しいものになったと思います。

――挑んでみて難しかったと感じましたか。

高橋:思ったより大丈夫でしたね。自分がライブをやってるときに感じたことを文字にする感じだったということもあります。あと、これはちょっと変わった発想かもしれませんが、ホラー小説を結構読んで五感に訴える表現みたいなものをいろいろと研究したんです。読む人に言葉で匂いだったり、空気の肌触りだったりを感じさせることがホラー小説は上手いんです。そうした感じを甲田学人先生や貴志祐介先生、小野不由美先生といった方々の作品を読んで参考にしました。ライブで演奏を始めた時に空気が変わる感じですとか、そうしたところに表れていると思います。

――クライマックスに描かれる校内ライブのエピソードは、音楽をしている人ならではの感覚がよく表れていて、それが驚きと感動をもたらすものになっていました。

高橋:書いていく中で、内田さんからキャラクターの感情が見えないから見えるようにしてほしいといった要望がありました。最後のライブのシーンも、どうすれば感動できるものになるだろう、乙井と弦川の関係をしっかりと見せるシーンを入れないとクライマックスには行けないといった話をして、練りに練って8稿くらいまで手直ししました。無茶を言われているといった感じはなかったです。自分的にはどんどんと前に進んでいる感じがして面白かったです。

――自分の経験も踏まえつつ、中学生や高校生が抱えている迷いや不安を汲み取って、キャラクターを通して描いて、こう進めば良いんだよということを示してあげている作品だと思いました。

高橋:居場所のなさみたいなものが乙井にも弦川にもあります。高校に入ったけれどあまり周りに馴染めなくて、自分なんかがここに居て良いだろうかといった感覚。それが、自分をそのまま認めてくれる友だちと会って、ここに居て良いんだという感情が初めて浮かんでくる。そうした居場所との出会いを書きたいということがありました。

――乙井は超進学校でも成績トップで、弦川はどちらかといえば陰キャな落ちこぼれ。そんな2人が出会い、乙井が弦川の歌声に惚れ込んでステージで唄わせようとするストーリーになっています。ご自身が投影されているのは乙井ですか、弦川ですか。

高橋:乙井が近いかもしれませんが、弦川もあるといえばあります。自分に自信がないとところは弦川ですね。性格かもしれませんが、自分はナンバーワンをとれるキャラではない気がしているんです。一方で、一生懸命頑張るけれども上にはすごい人たちがいて、そうした人のそばにいたいといった感情を持つところは乙井に近いかもしれません。世の中はなかなか大変で、本当にすごい人たちが評価されないというケースもいっぱい見てきました。そうした人たちが評価されるよう、自分が頑張りたいという思いがあって、それがストーリーに出ている気がします。

――『ハジマリノウタ。』をどのような読者に届けたいですか。

高橋:生きていてちょっと違和感があるような人ですね。ここは自分の居場所なのかなといったことで悩んでいる人、自分自身で居場所を探してみようと思っている人に読んでもらって、居場所を見つけてもらいたいです。居場所が見つかると案外に元いた場所も悪くないなと思ったりするかなと思うんですよね。あとは、少し上の世代で何かを始めるのはもう遅いかなと思っている人に、遅いことなんてないんだよと言ってあげたいです。自分が音楽を始めたのは高一で、小さい頃からピアノとかやっている人に比べたら全然遅いんですが、それでも未だに音楽を続けていますから。一生の趣味になることを16歳で始めても大丈夫でしたし、人によっては20代から始める人もいます。そうした人の背中を押してあげたい気持ちがあります。

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