綾辻行人×下村敦史『そして誰かがいなくなる』対談 「作家がミステリの舞台になる家を本当に建てるなんて」

下村敦史『そして誰かがいなくなる』(中央公論新社)

 ミステリ作家の下村敦史の新刊『そして誰かがいなくなる』(中央公論新社/2月21日刊)が「前代未聞である」と話題になっている。主人公は人気作家。彼が建てたのは、バロック調、ヴィクトリアン調など濃厚な美意識に彩られた妖しい館。さらには地下に「隠し部屋」まで設けている。そんな新邸のお披露目に招かれたのは仲間の作家や編集者、文芸評論家たち。客人は次第に災厄に巻き込まれてゆく……。

 ではこの小説の何が「前代未聞」なのか。それは、この胸騒ぎがする館を、なんと著者の下村氏自身が本当に建造し、実際に住んでいるからだ。そしてこの虚実が入り混じった館に、今回あるお客様が招かれた。『十角館の殺人』をはじめとする「館」シリーズで、多くのミステリ作家に多大なる影響を与えてきた綾辻行人氏である。果たして対談は、血を流すことなく無事に終われるのだろうか。(メイン写真:左、下村敦史。右、綾辻行人/訊き手:三宅香帆)

小説のなかで拷問が行われた「隠し部屋」が実在した

下村:デビュー前に『十角館の殺人』を読んで衝撃を受けました。なので恐縮ですが、『そして誰かがいなくなる』を執筆する際に『十角館の殺人』のイメージが心の中にあったので、今回自宅にお越しいただけて本当に嬉しいです。

――綾辻さんは、下村さんのお宅を実際に訪れて、どのように感じましたか。

綾辻:『そして誰かがいなくなる』はプルーフで読みました。その記憶も新しいうちにこうして下村邸に来てみて、「おお、本当に作中の家と同じなんだなあ」と感心するやら呆れるやら、です。地下の隠し部屋もちゃんとあるし……「そうか、ここで拷問されるのか」などと(笑)。

下村:ある作家さんは、「もしも自分が行方不明になったら、下村さんの家の地下を探してくれ」って担当者に伝えているそうです。

綾辻:あの隠し部屋を見てしまったら、「実は下村さんはSMの趣味があって」と言われても誰も驚かないよね。

下村:はっはっは。

小説では拷問が行われる地下にある隠し部屋。トリックを解かなければ辿り着けない

綾辻:自分が建てて住んでいる実際の「館」を、ここまでそのままの形で舞台にしたミステリ小説は前代未聞でしょう。しかも、作中の館の主人はミステリ作家。招待されて集まってくるのもミステリ作家。

――『そして誰かがいなくなる』の構想は、いつ生まれたのですか。

下村:この家が建ってすぐですね。ただ、建てる前から、設計図を見たいろんな出版社の方が、「この家を題材にしたミステリが書けますね」とは言ってくれていたんです。そして実際に家が完成すると、僕の担当者が、「この家を舞台に名作のオマージュを書きませんか」と、『そして誰もいなくなった』(1939年にイギリスで刊行されたアガサ・クリスティの長編推理小説)の企画を持ってきてくれたんですよ。「なるほど。それだ!」と感じて、構想を練り始めました。

担当編集者から「この家を舞台にミステリを書きませんか」と提案されたという

綾辻:下村邸については設計の段階から話題になっていましたよね。確か、あれは2018年の12月、有栖川有栖さん主催の大阪での忘年会でしたっけ。下村さんがその場に家の図面を持ってきていて。「今度こんな洋館を建てるんです」と、僕もちらっと見せてもらいました。
 落成はいつだったんですか。

下村:2020年12月です。3年近く前ですね。

綾辻:この本が出ると、読者に自宅の間取りがすっかりバレてしまうけど。

下村:そうですね。本作を書く前にもう一度、設計士さんに図面をひいてもらいました。小説はその図面を基にかなり正確に書いていますから。

綾辻:いいんですか、このご時世に。そこまでプライベートをさらしてしまって大丈夫なの?

下村:一応セコムをつけてセキュリティは気にしています。ただ、僕はブランド物やアクセサリー類にまるで興味がなくて、家にある大型家具以外のほとんどのインテリアはAmazon、Yahoo!ショッピング、楽天などで買い揃えた「高そうに見える安い商品」なんです。盗まれてダメージを受けるものを持っていないんですよ。

綾辻:変な徹底の仕方やなあ。さっき見せていただいたシアタールームの、電動リクライニングの三人がけソファ、あれも実はさほど高価じゃないんですよね。

下村:あのソファ、ニトリで買ったんです。10万円くらいじゃないかな。チェアが振動するユニットも、1個1万円くらいで買えました。

ゆったりしたリクライニングシート、実はニトリで購入したという

――ブランド物やアクセサリー類に興味がないとは思えない豪華な内装ですね。特に回り階段がとても素敵です。

下村:僕、本当に何も知らなくて。だから、とりあえずネットで間取りを検索したんです。すると、たまたま半円を描いた階段が目に飛び込んできて、一目惚れしましてね。「なんという名前の階段なのだろう」と思って検索すると、「サーキュラー階段」だとわかった。そこから画像検索で巡っていくうちに、サーキュラー階段を含めた「輸入住宅」というジャンルに辿り着いたんです。そうやって自分が建てたい家全体のテイストがはっきり見えてきた感じですね。

綾辻:とりあえず検索、なんですね。今は何でもそれで成り立ってしまう。

「サスペンスな何かが起こる」雰囲気をはらむサーキュラー階段

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