『元彼の遺言状』『競争の番人』の新川帆立、“レイワ”を舞台としたSFリーガル・ミステリーで新境地へ

 新川帆立の勢いが止まらない。デビューからの軌跡を見れば明らかである。まず、2021年に刊行された、第19回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作『元彼の遺言状』がベストセラーになる。翌22年には、フジテレビ系の「月9」枠でテレビドラマ化された。主演は綾瀬はるかだ。

 その一方で、作者自身も大きくクローズアップされた。なにしろ東京大学法学部卒で、弁護士として働いていたのだ。しかも一年だけとはいえ、プロ雀士をしていたこともある。このような経歴も注目され、テレビや雑誌などに何度も取り上げられる。私も、たまたまテレビを見ていたら作者の日常生活が放送されていて、大いに驚いた。新人作家としては破格の扱いだったからである。

 これだけでも凄いのだが、作者の勢いはさらに加速。2022年刊行の『競争の番人』が『元彼の遺言』に続き、「月9」枠でドラマ化されたのだ。主演は、坂口健太郎と杏。ご覧になった人も多いだろう。

 デビューしたばかりで、これほど爆発的な状況に投げ込まれた作者だが、きちんと作品を書き続けている。以前、某誌の仕事で作者にインタヴューしたときの印象だが、自分自身も含めてすべてを客観視している、きわめてクレバーな人というものであった。おそらく、信じられないほど忙しい日々であったろうが、小説を書くという作家の根本を見失うことはない。しかも自身の領域を積極的に拡大しているのだ。ユニークな設定を使った短篇集『令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法』も、その成果のひとつといっていい。

 本書は、現実にはない架空の法律がある〝レイワ〟の日本を舞台にしている(日本以外の場所も一篇だけある)。ただし各話のレイワ世界は、それぞれ違っているようだ。パラレルワールドといっていい。それを土台にしたバラエティ豊かな物語を並べているのである。

 第一話「動物裁判」は、動物の権利が人間と同レベルで守られる「動物福祉法」及び「動物虐待の防止法に関する法律」がある、礼和四年の日本が舞台。Me Tubeチャンネル「黒猫のココアさん」配信中に起きた、ボノボによる猫への不法行為を巡る裁判が描かれている。主人公は、被告であるボノボの弁護を引き受けた弁護士。架空の法律により変容した社会と裁判を、鮮やかに表現した作者の手腕が光っている。二転三転する展開もお見事。繰り返し出てくる弁護士の心情が、終盤の布石になっているのも素晴らしい。SFリーガル・ミステリーの快作である。

 第二話「自家醸造の女」は、家庭での造酒が「酒税法及び酒類行政関係等解釈通達」によって許可されてから、数十年を経た、麗和六年が舞台。社会は女性が造酒に携わることを当然とするようになっていた。しかし主人公の寺田万里子は、まったく造酒が上手くいかない。そんな彼女が、他人の造った酒を、夫の実家に持っていったことで、徐々に追い詰められている。特異な状況で破滅に向かっていく万里子がどうなるかは、読んでのお楽しみ。奇抜なドメスティク・サスペンスである。

 第三話「シレーナの冒険」は、粗筋を書いただけでネタバレになる恐れがあるので、詳細は避ける。本書の中で、もっともSFしている話である。第四話「健康なまま死んでくれ」は、労働者を過労死から守るための法律が、それに対応した企業の方針により、かえって労働者を苦しめることになる。作中で起きる事件の真相はよく考えられており、物語の着地点も意外である。第五話「最後のYUKICHI」は、「通貨の単位及び電子決済に関する法律」により現金が廃止されて五年が経つ、零和十年に起きた騒動が綴られる。農村・漁村では現金が流通し、結果として日本は世界でも有数の現金残有国となり、そのためマネーロンダリングが集中して行われるようになったという設定が秀逸。小銭の回収をしている主人公を取り巻く状況が、どんどん悪い方向へとエスカレートする過程が、面白くも怖ろしい。

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