連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2023年2月のベスト国内ミステリ小説

橋本輝幸の一冊:岩井圭也『完全なる白銀』(小学館)

 アラスカにある北米最高峰デナリに挑む女性たちを描いた、山岳冒険小説である。危険な登山に臨む切実さが描かれ、現代らしい冒険家像と動機には説得力がある。

 はたして、下山中に消息不明となった気鋭の登山家リタ・ウルラクはデナリ単独踏破に成功したのか否か。この謎は物語を牽引する力のほんの一要素にすぎない。35歳の日本人フリー写真家が直面する迷いや不安、同行者シーラとのバディ関係の不協和、山の恐ろしさ、友人を喪失した過去といった幾多の困難の果てに、たどりつく結末は清冽だ。自然の崇高さも心に残る。

藤田香織の一冊:美輪和音『私たちはどこで間違えてしまったんだろう』(双葉社)

 「辺鄙な片田舎」夜鬼町で、秋祭りでふるまわれたしるこに毒物が混入する事件が発生。高校二年生の仁美は母を、ひとつ下の修一郎は妹を、中三の涼音は弟妹を喪った。祭りに参加していた町民は百八名。毒物は農薬のパラコートと判明するが、犯人はいっこうに捕まらない。疑心暗鬼になった町民たちは、一刻も早く犯人を特定したい焦りから身勝手な理由で「囚人」を作りだしていく。閉鎖的な監視社会と同調圧力の恐ろしさ、人間の弱さと狡さが容赦なく描かれていて、目も耳も胸も痛んだ。このえげつない「間違い」が他人事とは思えず苦しい。

杉江松恋の一冊:『大雑把かつあやふやな怪盗の予告状 警察庁特殊例外事案専従捜査課事件ファイル』倉知淳(ポプラ社)

 2月のベストは東郷隆『うつけ者 俄坊主泡界 大坂炎上篇』(早川書房)なのだが、時代小説なのでさすがに遠慮した。来月出るらしい続篇にミステリー色があったらすかさず取り上げるつもりである。というわけで次点として本作。現実の犯罪ではめったにない、めんどくさいトリックを弄した犯罪を専門に扱う部門が警察内に新設されるという設定で、よくあるパロディのような外見だが、犯罪者のねじれた心理に斬り込んだエラリー・クイーンのような推理が楽しめる。特に「手間暇かかった判りやすい見立て殺人」の物証の扱いは秀逸だと思う。

 なかなかバラエティに富んだ月になりました。山岳冒険小説からスモールタウンもののスリラーまで作風はばらばらで、ベテラン二人は探偵のキャラクターが際立った謎解き小説でした。さて、来月はどうなりますことか。次回もお楽しみに。

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