EXILE 橘ケンチ × 『魔眼の匣の殺人』今村昌弘 特別対談 人を本気で楽しませるエンタテインメントの作り方
「新本格」というジャンルに強く影響を受けた
橘:ちなみに今村さんの出身は長崎なんですよね?
今村:母が里帰り出産だったので、生まれたのは長崎です。育ったのは神戸ですね。
橘:日本でミステリ好きが多くいる地域とかはあるんですか?
今村:読者の方は日本全国にいらっしゃいますね。作家だと、京都大学推理小説研究会出身の方が何名かいらっしゃいます。ミステリー研究会出身で編集者になる人もいるみたいです。大学時代を過ごした岡山といえば、横溝正史。彼が卒業した神戸第二中学校は現在の兵庫高校で僕の出身校なので、実は遠い先輩に当たるんです。
橘:僕は日本酒が好きなので、その辺もよく行きます。
今村:日本酒にも地域ごとに特徴があるんですか?
橘:東日本は辛口寄り、西は甘味が強いという分布が主でしたが、最近はテクノロジーの発達であまり場所に左右されることがなくなり、その酒蔵の個性によりけりという感じですね。岡山の「赤磐雄町米」という酒米は日本で一番有名な品種で、仕入れている酒蔵は多いですよ。現地で瀬戸内の肴と合わせて飲むと美味しいです。お酒は飲まれますか?
今村:お酒自体は強いと思うのですが、家で飲む習慣がないんですよ。学生の頃の「ビール以外を飲むと値が張るから怒られる」という感覚のまま大人になったからかもしれません(笑)。ただ魚を食べる時はやっぱり日本酒が一番美味しく感じます。
橘:作家の方って飲みながら書いたりするイメージがあるのですが、今村さんはそういうことはされませんか?
今村:昔に比べるとそういう方は減っていると思いますが、ハードボイルド系の先生は今も豪快なイメージがあります(笑)。
橘:そういえば、北方謙三さんはイメージ通りの人で、ウィスキーのロックを飲んで、葉巻を吸っていましたね(笑)。絵に書いたようなハードボイルド作家です。
今村:とある新人賞では二次会、三次会で大御所の方々に連れられて洗礼を受ける、という話は聞いたことがあります。
橘:佐藤究さんが京極夏彦先生を紹介してくれたんですよ。もともと僕が丸山ゴンザレスさんと知り合って、舞台の題材になる作品について相談したら「最近よく京極先生と会ってるよ」と。丸山ゴンザレスさんと京極先生という組み合わせが謎だったのですが、佐藤さんが仲介したそうで。舞台『魍魎の匣』の稽古場に来てくださったときも、着物姿で黒手袋をしていました。普段からあの格好で驚きました。京極先生も「本格ミステリ」の作家さんなんですよね。
今村:そうですね。「本格ミステリ」は最後に犯人が名乗り出て終わりではなく、伏線を張って、証拠を集めて読者も解けるようにする形式です。1987年の綾辻行人先生のデビュー以降に起こったのが、僕が強く影響を受けた「新本格」というムーブメント。京極先生もその中心にいらっしゃる方ですね。
橘:その系譜が今村さんたちだと。
今村:そうですね。ドラマやマンガでも「伏線」という言葉をよく聞きますし、伏線が回収されていく気持ちよさが世に浸透しているように感じています。
コロナ禍のエンタテインメント
橘:今村さんは人を楽しませたくて作家になったと仰っていました。人を“本気で楽しませたい”というエンタテイナーの感覚は、僕らEXILEとも共通するかもしれません。
今村:うれしいです。エンタメに対する意識はコロナ禍で変化したように思います。人の活動が制限された反面、サブスクなどのサービスが浸透して、消費できるコンテンツが増えていきましたよね。そこで僕は「自分のやっているエンタメって何だろう?」と改めて考えたんです。小説は人のお金だけでなく、長い時間もいただく。代償として何かを課してもらうからこそ、それに見合うクオリティを保たなくてはいけないと感じるようになりました。
橘:僕もコロナ禍以降、意識に変化があったと思います。以前は自分たちが良いと思ったコンテンツ――言ってしまえばエゴを発信しても、ファンの方々には喜んでもらえると感じていました。でも、ライブができなくなって考えたのは「こうなってしまうと自分たちにはやることがないな」ということ。それで、今まで守っていた変なプライドみたいなものはどうでもよくなりました。こだわりがなくなったわけではないけれど、どんな形でも人々に喜んでもらえるなら何でもしようと思えました。
今村:すごくわかります。例えばサイン会などのイベントは、どうしても大都市が優先だったんです。でもコロナ禍になって、オンラインイベントが増えた結果、直接会えない寂しさはありつつも、全国の人が参加できるようになった。そうした経験を経て、大都市以外でもエンタメを身近に感じてもらう工夫はした方がいいという考えにシフトしました。
橘:ライブだったら直でファンの方から反応をもらえますが、原稿を書いた達成感はひとりで味わうものですから、僕らと作家さんとでは決定的に違いますよね。以前は喜びを分かち合えないのは寂しいのではないかと考えていたのですが、今はそういうエンタメのあり方にも興味を持っています。というのも、北方謙三さんがEXILEのライブを観た後に「橘ケンチの陰を見てみたい」と言ってくださったんです。華やかなステージの陽ではなく、内面の葛藤とか悲しみ、苦しみに興味を抱いてくださったんでしょうね。最近、そのことを思い出すんです。ポジティブな面だけじゃ人の魅力は測りきれないのかなと。
今村:小説は負の部分が面白く描けますからね。小説家としての5年間で、この業界は他のエンタメと比べると本当に特殊だなと感じるようになりました。EXILEさんの歌やダンスはテレビや動画配信サイトなどで見たり聴いたりして、「カッコいい」とわかっていて音楽を買ったり、ライブに行くじゃないですか。でも小説は中身がわからないまま買わなくてはいけない。だから消費者に冒険を強いるジャンルなんだなと。さらに作者が顔を隠していると本当に謎だらけの商品になる(笑)。僕の場合は宣伝だと理解して顔も出して、イベントも積極的に参加しています。
橘:自分の言葉で伝えていくことって大事ですよね。いくら良い作品でも読む人がいなかったら意味がない。
今村:そう思います。中には「これまで本を一冊を読み通したことがなかったのに、初めて読み通した」と言ってくれた高校生もいて、びっくりしたけれどすごく嬉しかったです。結構ややこしいこと書いてあるのに、よく読んでくださったなと(笑)。長年「活字離れ」や「小説離れ」が進んでいるとは言われていますが、きちんと届けば楽しんでもらえるはずなんです。だから伝え方や届け方は大事だなと思います。ちなみに橘さんは普段、どのように本を選ばれるんですか?
橘:ジャンルを問わず何でも読むので、書店に行ってその時の気分で手に取ったものを買う感じです。そういう体験が好きですね。
今村:書店って本好きにとっては宝箱みたいな空間で面白いですよね。
橘:いつか本屋を開けたらいいなという夢があります。
今村:素敵な夢ですね。書店で手に取ってしまうのは偶然じゃないんですよ。本は届けるべき人に届けようという書店の意思があって陳列されています。そういう魅力がもっと伝わるといいな。
橘:僕は本屋に行くことを「心の健康診断」と呼んでいます。その時に自分が選ぶ本の直感って結構当たりますよね。ページをめくって「そうそう、こういうのが読みたかった」となることは多い。
今村:不思議なことに自分に合わないものはあまり手に取らないんですよね。手に取るということは、それなりに自分に響くものということなのかな。もし書店で僕の本を見てピンときたら、きっと楽しんでもらえると思うので、ぜひ手に取っていただきたいです。