「薔薇はシュラバで生まれる」 笹生那実が見た70年代少女漫画の現場と恋愛事情

新田たつおとの出会いから結婚まで

――修羅場を繰り返していた漫画家のみなさんは、多忙な中でどうやって相手と知り合い、またどんな職種の人と交際する人が多かったのでしょうか。

笹生:漫画家やアシスタントどうしの、職場結婚が多かったですね。編集者と結婚することもありました。同じ出版社の少年誌と少女雑誌の漫画家同士で、合コンしていたグループもあったと聞いたことがあります。

――笹生先生の旦那様は、『静かなるドン』の新田たつお先生です。出会いについてお話しいただけませんか。

笹生:そのへんの話は『すこし昔の恋のお話』にも描きましたが(笑)、私はもともと、新田たつおの『怪人アッカーマン』などのマニアックではちゃめちゃなSFギャグ漫画が好きでした。そしてお互い同じ雑誌で連載をしていた時に、私の担当編集さんが「新田たつおが笹生那実に会いたいってよ」と言うので、じゃあサインをもらおうと、自宅まで会いに行きました。

――漫画家同士で、しかも笹生先生がファンだったとなれば、話が盛り上がりそうですね。

笹生:いえ、私はその後に外せない仕事があったので、あまりゆっくりせずに帰ったんです。ところが、彼はケーキを用意して、入念に準備をして待っていたらしいんですね。それから少し後、雑誌『スコラ』のコラムを立ち読みしたら、新田たつおが「少女漫画家が遊びに来たが15分ですぐ帰った」と怒りの言葉(?)を書いていたんです。実際は、30分くらいはいた気がするんですが(笑)。

――なんと、立ち読みした雑誌で知ったんですか。

笹生:どうやら、彼は長く話がしたかったみたいで。私から、「スコラを読みましたよ」と電話をかけたら、向こうも機嫌が直っていたので、改めてゆっくり喋りましょうという話になったのです。大阪出身のせいなのかどうか、めちゃくちゃ喋る人で。勢いに圧倒されてしまいました。

――新田先生、そのときはどんな会話をされたんですか。

笹生:……自分のお父さんが破天荒な人だった話とか、あとは新人の頃に手塚治虫先生と会った話。先生が呼びかけて、新人漫画家たちを集めて大広間ですき焼きを食べたとか。あろうことか遅刻した彼は、先生の真前の席に座って食事したんですって。そこしか空いてなかった、と……

――お会いして2回目なのに、いきなり濃密な話の連続です(笑)。そして、『すこし昔の恋のお話』に描かれているように、結婚までは早かったそうですね。

笹生:完全に勢いです(笑)。私は、こんなにおしゃべりな人には初めて会ったし、お互い会ったことのないタイプということで新鮮だったのかも。なにより、ふたりとも結婚相手を探したい時期で、タイミングが合ったということです。結婚前は彼の、ギャグとシリアス混じりの学園漫画も手伝いました。少女漫画のアシスタントをするよりは楽でした。

――確かに、少女漫画のように、薔薇を描くことはほとんどなさそうです。

笹生:彼が雇ったアシスタントよりも早く仕事ができたんです。花やレースは苦手だけれど、昔の少年漫画風の背景なら描けました。また、結婚後は自分の作品も頑張って描いていたんですが、しばらくしてから私は漫画家を引退しました。

――それはどうしてでしょうか。

笹生:旦那は筆が早くて、あっという間に描いてしまうんです。私がネーム(※)に詰まって時間がかかっている横で、旦那はネームもせずに、いきなり下描きから始めてしまうんです。しかも、夫の方が早くできるのに人気もある。そうした光景を目の当たりにすると、同業者としてはたまりませんよね。ネームも絵も遅い私は、子育てとの両立は無理があると自覚し、一度は完全に漫画から離れたつもりでした。まさか、また描く日が来るとは思いもしませんでした。

脚注(※)漫画の下書きを始める前に、フキダシや構造などを決める漫画の設計図のようなもの。これをもとに、漫画家は下描きに入る。

『静かなるドン』ヒットの陰に笹生のアドバイスあり

――結婚してから、新田先生の『静かなるドン』が始まりました。長期連載になり、単行本は108巻を数える大ヒットになりました。

笹生:夫は『静かなるドン』の連載が始まったころは、どういう方向で描けばいいのかと悩んでいました。「平凡パンチ」で連載していた『こちら凡人組』の続きを描こうとしていたのに許可がおりなかったそうで、予定がくるったのかもしれません。でも、私は『静かなるドン』の2話を読んで、面白いと思ったんですよね。冴えないサラリーマンがヤクザの親分に変身するなんて、スーパーマンのような痛快さがあると言ったんです。

 そしたら、「スーパーマンパターンで行こう!」と方向が定まったみたいで、筆がのり始めたんですよ。また、彼はギャグ漫画家でしたから、話のテンポが早すぎることもありました。ここは話を盛り上げて、丁寧に描写すべきシーンだといった感じに、少女漫画家の視点からアドバイスをしたこともあります。

――笹生先生が少女漫画を描いてきたからこそ、できるアドバイスです。ご自身の創作やアシスタントで培った経験が、違った形で役に立ったといえますね。一方で、先生も『薔薇はシュラバで生まれる』がヒットし、再び漫画家として本格的に活動をされています。

笹生:これは描いておきたいと思う作品は、まだあります。『すこし昔の恋のお話』に収録した『ぶらんこの季節』は、だいぶ前に続きを描こうとして、諦めたことを残念に思っています。昔のようにちゃんと漫画として描き切る自信はないのですが、せめて同人誌で、絵物語時々漫画みたいな形ででも、“成仏”させたいですね(笑)。他にも、同人誌のために描きかけている原稿があるので、それも成仏させたいと考えています。

――それは楽しみです。先生、同人誌なら〆切もありませんし、編集者もいません。思う存分描いてください!

笹生:いえ、困るのは〆切がないことなんです(笑)。〆切がないと延々と考えてしまい、なかなか前に進まないんですよ。漫画家はとことん話を考えて絵を描き込んでしまうので、ある程度の覚悟を決められるのが〆切なのです。自分で設定すればいいと言われるかもしれませんが、それだとつい破ってしまうので…… これからの課題ですね。

――漫画家にとって〆切はとても大切であり、守ることもいかに難しいのか、よくわかりました。ありがとうございました。

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