食べ物さえもハラスメントに? 芥川賞『おいしいごはんが食べられますように』の切実さ

 会社員の食事をのぞいてみると、素直に「おいしい」と言えないそれぞれの事情が見えてくる。先月20日に第167回芥川賞を受賞した高瀬隼子『おいしいごはんが食べられますように』(講談社)は、そんな異形の「サラメシ」小説なのである。

 ラベルパッケージの製作会社に入社して7年になる二谷は、東北の支店から3か月前に埼玉支店へ転勤してきたばかり。一緒に社外研修会に参加した入社5年目の押尾さんを晩ご飯に誘ってチェーンの居酒屋へ入り、彼女と上司の悪口など言い合っていたが、話題はやがて入社6年目の芦川さんに移る。

 芦川さんは負荷のかかる仕事を避けがちで、イレギュラーな事態に対応ができない。今日も3人一緒に研修会へ出るはずが、研修内容の追加を直前になって知らされるや、体調不良を理由に欠席していた。できる側の人である押尾さんは、芦川さんのような人が苦手だった。仕事ができないと彼女が表明せずとも、それを無言のうちに理解して配慮する社内の人々にも腹が立っている。こうした愚痴を言っても嫌な顔せず聞いてくれる二谷を好ましく思う押尾さんは、彼にこうもちかける。〈それじゃあ、二谷さん、わたしと一緒に、芦川さんにいじわるしませんか〉。

 この3人が主要な登場人物となる本書で大きなインパクトを残すのが、芦川さんの底知れぬ無邪気さと処世術だ。小食でいつも小さいお弁当を持ってきているのに、〈飯はみんなで食ったほうがうまい〉が口癖の支店長に強引に昼ご飯へ連れていかれると、〈やっぱりみんなで食べるごはんが一番おいしいですよね〉と話を合わせる。飲みかけのペットボトルのお茶を支店長補佐に勝手に飲まれても、後から一口飲んでほほえみながら気にしてないアピールをする。男尊女卑な気風の会社で彼女は徹底して従順で、ベテランたちに仕事の面では守られてもいる。

 繁忙期でもほぼ定時近くに帰してもらっているからと、その埋め合わせに自作のお菓子を頻繁に職場へ差し入れる芦川さん。いつも作ってもらって悪いからと上司が他の社員やパートの人から集めた材料費を受け取り、〈いただいた分、これまで以上においしいもの、たくさん作ってきますから!〉と握りこぶしを作る。仕事ではなくお菓子作りの腕に磨きを掛けてしまう芦川さんも変だが、それにツッコまない周囲の人々もまた、彼女のペースに巻き込まれてなのか感覚が麻痺している。

 ツッコミ役となるのは、周囲に隠しているが実は芦川さんの恋人である二谷の内心だ。頼りなくて弱くて優しい感じの女性がタイプの二谷だが、理想にぴったりであるはずの芦川さんと交際してみると、自宅に来て用意してくれる温かい食事や善意で勧めてくる「ちゃんとした」食生活がどうも気に入らない。

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