カツセマサヒコが浮き彫りにした“すれ違い”の切なさと苛立ち indigo la Endとのコラボ小説『夜行秘密』レビュー

 面白いのは、それまでライブハウスで集客力のなかったブルーガールが、ネットでどんな風に話題になったかだ。音楽配信サービスで音源を公開すると「自転車」という曲が動画投稿サイトで大量にカバーされ、SNSやテレビで紹介され注目が集まった。そのことが、宮部によるビデオ制作に結びつく。

 岩崎凛のとらえかたによると、ブルーガールの音楽の特徴は次のようなものである。

ところどころでジャズやファンクの要素が垣間見えるサウンドは、流行りといえば流行りのようにも思えましたが、イントロやメロ、サビごとに大胆に転調していき、同じサビが来ない構成になっている曲が多いのは、とても新鮮に感じられました。

 「自転車」も同様の構成なのだが、話題になってからは四つ打ちでノリやすい部分だけがとりあげられた。そのフレーズは実際には曲中で一度しか登場しないのに(流行歌のクリシェからはみ出そうとする川谷絵音の作風を誇張した設定とも感じる)。バンドの実体と異なり、曲の一部分が一人歩きしたこの齟齬が発端となり、関係者に様々な影響を及ぼす。

 さらに中盤ではある人物がSNSにスキャンダラスな情報があげられ炎上騒動となり、パワハラ、セクハラ、ジェンダーなど社会的テーマも盛りこまれている。「作品」と「作者」を物語にして結びつけ、勝手に感動したり憶測で嫌悪することの馬鹿馬鹿しさ。弱者の権利や人権の尊重を言っていた人が被害者の自己責任論を語り出すことへの怒り。作中では、昨今のネット世論への批判も語られるのだ。

 そういった後半の展開を考えると、「自転車」の一件は、本作で象徴的なエピソードになっているといえる。キャッチ―な一部分ばかりが注目されたものの、「自転車」にはほかにも多様な要素があった。SNSの炎上もそれに似ている。一部の情報が流通し、批判や憶測の発言が大量に出回るが、それらが本人のすべてを言いあらわせているわけではない。

 無理解に関するエピソードは、ネットについてのものばかりではない。先に述べた通り、本書は章ごとに視点人物が交代し、お互いが相手をどうとらえているか、読者の前で内心をそれぞれ語るごとき内容になっている。オフラインの人間関係だって、いくら努力しても、すべてを理解しあえているわけではない。

 締めくくりの「14.夜の恋は」のもとになった曲の詞には「二人は1+1になってしまった」という一節がある。「彼女と僕だけ」の「二人」で共有する「秘密」もあれば、秘密にするつもりはなかったのに相手に伝わらなかったこと、気持ちのすれ違いで気づかぬままだったこともある。そういった切なさや苛立ちを、「1+1+1+……」の複数視点の構成が効果的に浮かびあがらせているのが、本書の妙味だろう。

■書誌情報

『夜行秘密』
著者:カツセマサヒコ
カバーイラスト:与
カバーデザイン:岡本歌織(next door design)
企画:AOI Pro.
出版社:双葉社
発売日:2021年7月2日
予定価:1,540円(本体1,400円)
特設サイト ※5話まで無料公開中
Amazonページ

■あわせて読みたい
【『夜行秘密』発売記念インタビュー】カツセマサヒコが考える、“いま”小説を書く意味

関連記事