『騙し絵の牙』が描く出版業界はリアルなのか? 業界人が小説版と映画版を検証

 塩田武士原作、大泉洋主演の映画『騙し絵の牙』が2021年3月26日に公開された。

 出版業界ネタの作品だが、どのくらい業界描写がリアルなのか、どこが現実の出版業界とは異なるのか、小説版と映画版ともに見ていきたい。

小説版…2010年代中盤の状況としては相当リアル

 『騙し絵の牙』の原作小説は、大手出版社勤務で文芸に思い入れがあるが現在はカルチャー誌の編集長である主人公が「1年以内に黒字転換しなければ休刊だ」と会社上層部から突きつけられ、社内の派閥争いに巻き込まれながらも奮闘していくさまを描いている。

 単行本は2017年刊行で、もともとは「ダ・ヴィンチ」に連載されたものということで2021年現在読むと、古くなっているところがいくつかある。

 たとえば作中では文芸業界の大御所作家が80年代に書いた忍者アクション小説をパチンコメーカーが遊戯機化の許諾をもらう代わりに新作のスパイ小説の海外取材資金1000万円と雑誌に毎号広告を入れる、という描写がある。

 パチンコメーカーが広告代理店やアニメ業界、出版業界から人を引き抜きまくって自前コンテンツづくりに積極的に乗り出し、破格の羽振りの良さを見せていた時期はたしかにあったが、現実ではすでに終わっている印象がある(それと「小説原作でパチンコ台になった例はない」と作中では書かれているのだが、ラノベ原作を入れれば当時すでにあったはずだ)。

 また、紙の雑誌休刊――作中では「廃刊」という単語が用いられているが、雑誌コードの取得は容易ではないため完全になくす「廃刊」ではなく体裁上「休刊」にすることが大半である――後の施策としての「ウェブに移行する」の位置づけが、「完全消滅への足がかり」「人員削減間違いなし」というものになっている点も、今では状況が異なるように思う。現実では、文春オンラインや現代ビジネスなど成功しているウェブ媒体は人員削減どころか規模は拡大し、花形部署扱いになっている。

 さらに、多くの書き手が電子図書館に否定的で、その切り崩しを主人公が会社上層部から依頼されるのだが、これもどうだろうか。一部の人気作家を除けば、電子図書館に対して否定的な物書きは今ではそれほど多くないように思う。電子図書館に納入する際には紙の本の2~3倍の値付けがされるのが現在の相場で、目下はコロナ対策予算が各自治体に付いていて電子図書館本バブルの様相を呈していることもあって、中小出版社や新人~中堅の物書きにとっては電子図書館はむしろ収益源のひとつと目されているはずだ。

 ……とまあ、わずか数年とはいえ時間が下ったことに伴う違和感はあるが、逆に言えば2010年代半ばの出版業界の空気はかなりリアルに表現されている。

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