デスマッチファイター葛西純自伝『狂猿』
葛西純自伝連載『狂猿』第11回 ジャパニーズデスマッチの最先端、伊東竜二との対戦は……?
葛西純は、プロレスラーのなかでも、ごく一部の選手しか足を踏み入れないデスマッチの世界で「カリスマ」と呼ばれている選手だ。20年以上のキャリアのなかで、さまざまな形式のデスマッチを行い、数々の伝説を打ち立ててきた。その激闘の歴史は、観客の脳裏と「マット界で最も傷だらけ」といわれる背中に刻まれている。クレイジーモンキー【狂猿】の異名を持つ男はなぜ、自らの体に傷を刻み込みながら、闘い続けるのか。そのすべてが葛西純本人の口から語られる、衝撃的自伝ストーリー。
第1回:デスマッチファイター葛西純が明かす、少年時代に見たプロレスの衝撃
第2回:勉強も運動もできない、不良でさえもなかった”その他大勢”の少年時代
第3回:格闘家を目指して上京、ガードマンとして働き始めるが……
第4回:大日本プロレス入団、母と交わした「5年」の約束
第5回:九死に一生を得た交通事故、プロレス界の歴史は変わっていた
第6回:ボコボコにされて嬉し涙を流したデスマッチデビュー
第7回:葛西純自伝『狂猿』第7回 「クレイジーモンキー」の誕生と母の涙
第8回:葛西純が明かす、結婚秘話と大日本プロレスとのすれ違い
第9回:大日本プロレス退団と“新天地”ZERO-ONE加入の真実
第10回:橋本真也の”付き人時代”とZERO1退団を決意させた伊東竜二の言葉
伊東竜二の呼びかけに応える形で、俺っちはZERO1-MAXを辞めて、フリーとして大日本プロレスのリングにあがることになった。デスマッチ自体も数年ぶりだし、しかも後楽園ホールのメイン。カードは「伊東竜二・金村キンタロー・MEN’Sテイオー vs 葛西純・BADBOY非道・佐々木貴」に決まった。試合前から、もうテンション上がりっぱなしのモチベーション上がりまくり。入場した時のファンの歓声が「お帰りなさい」的に聞こえたし、ゴングが鳴って試合がはじまってからも体が素直に動く。デスマッチに対して「これだ!」という感覚になったし、我ながら本当に水を得た魚だなって思った。
伊東竜二対葛西純のはずが……
伊東とデスマッチで対戦するのは、このときが初めて。あのヒョロヒョロだった伊東がどこまでやれるのかと期待していたけど、正直に言って「まあ、こんなもんか」という手応えだった。この試合は佐々木貴が伊東竜二に3カウントを取られて負けてしまった。俺っちは試合後にマイクを持って、「伊東竜二、おまえの呼び掛けで戻ってきた。そのベルトに挑戦させろ!」と叫んだ。すると、横から出てきた佐々木貴がマイクを奪って、「ベルト狙ってんのはお前だけじゃねぇんだよ。伊東、俺にベルト挑戦させろ!」と言い出した。会場中のファンが大ブーイングだった。この時の俺っちは、佐々木貴というレスラーは知っていたけど、ほぼ初遭遇。どこか会場で会って挨拶をしたことはあったけど、世間話もしたことがなかった。
佐々木貴は、俺っちが大日本に戻ってくる少し前にDDT(DDTプロレスリング)を辞めて、デスマッチに身を投じて、伊東竜二の持っているデスマッチヘビーのベルトに挑戦しようと目論んでいた。貴からしてみたら、せっかく流れを作ってたのに、いきなり葛西純が大日本に乗り込んできたから面白くなかったんだとは思う。
ただこの時のお客さんは、完全に葛西純と伊東竜二のタイトルマッチを望んでいた。「佐々木貴? 誰だよオメェは!」「引っ込んでろこの野郎!」というヤジが飛び交った。あとから聞いたんだけど、このとき会場でブーイングをしていた観客のなかに、まだデビューする前の竹田誠志がいた。竹田も貴に向かって「顔じゃねえぞ!」とヤジっていたらしい。俺っちは、デスマッチに対する気持ちは誰にも負けてねぇということを確信したから、伊東とシングルをやって、その違いを分からせてやりたかった。
それから俺っちは伊東とのシングルマッチを狙って、大日本プロレスに継続参戦するようになった。お客さんの支持はあったし、伊東竜二対葛西純のデスマッチを早く見たいという声も大きくなっていたから、これはもう次のビッグマッチとなる横浜文体で組まれるだろうな、とタカをくくっていた。いざ、文体のカードが発表になったら、伊東のタイトルマッチの相手は佐々木貴だった。え? あんなに観客からブーイングを食らっていたのに、大日本のフロントは何にもわかってねぇな。じゃあ俺っちは誰とやるんだと思ってカードをみたら、”黒天使”沼澤邪鬼とのシングルマッチが組まれていた。
ヌマは2年後輩で、俺っちがまだ大日本にいたときに接点はあった。でも、そこまで仲が良かったわけじゃなく、普通の先輩と後輩の間柄で、プライベートで一緒に遊びに行ったりとかはなかった。ただ、当時からデスマッチ志望というのは聞いていて、俺っちがZERO-ONEに行ってる間に「沼澤邪鬼」という名前になって、デスマッチをやっていることは知っていた。俺っちを伊東とやらせないで、ヌマとシングルというのは、大日本側になにか思惑があるのかもしれない。だったら、伊東と貴にはできない試合を、俺っちとヌマでやってやる。そう考えて、カミソリを出すことにした。
カミソリというアイテムは、以前から使ってみようと案を練っていたものではあった。実際に、非道さんとシングルが決まったときに出してやろうと思っていた。伊東と貴の試合は、どれだけ血みどろになろうが最後はやっぱり爽やかに終わるだろう。じゃあ俺らは対極の、ドロドロした本当に生きるか死ぬかの試合を見せてやる……。