『麒麟がくる』がもっと楽しくなる! 文芸評論家が教える、様々な明智光秀像を描いた本7冊
今年(2020年)のNHK大河ドラマ『麒麟がくる』は、帰蝶役の沢尻エリカが薬物問題で降板するなど、放送前から話題になっていた。しかし番組が始まると、物語そのものに注目が集まったようだ。それはストーリーが面白いからである。前半生に謎の多い明智光秀を主人公にすることで、戦国の世に理想を抱いて駆ける若者の姿を、自由に活写しているのだ。また、時代考証にこだわる一方で、4K放送を意識したと思われる色彩効果は、かなり割り切って使用している。製作者側の強い意志が伝わってくる画面が、日曜日の楽しみとなっているのだ。
明智光秀の名前は、主君である織田信長に対する謀叛――いわゆる本能寺の変で知られている。だが、光秀が謀叛した理由は、いまだに確定していない。歴史の謎であり、過去から現在まで、さまざまな解釈がなされている。オーソドックスなものとしては、インテリの光秀が暴君となった信長の仕打ちに耐えかねたというものだ。性格悲劇といっていいだろう。しかし光秀の謀叛の裏には、黒幕がいたのではなかという説も根強く、多彩な人物や組織が黒幕にされてきた。小説の世界も同様で、多数の真相が描かれている。それは同時に、光秀像の違いに繋がっているのだ。以下、それぞれの光秀像を味わえる作品を紹介したい。
まず最初は、中山義秀の『咲庵』である。有職故事に通じ、風雅の心を持つ光秀。戦の才能もある彼は、織田家の客将として存在感を示していた。だが信長が出世するにつれ、他の配下の武将たちと同等に扱われるようになる。作者は光秀の繊細な心を的確に描きながら、彼が主君を討つと決めたときの気持ちを「戦国の虫じゃわい」の一言で表現する。インテリの奥底にあった戦国武者の心を、鮮やかに屹立させたのだ。この場面を読んで、本書が名作といわれる理由がよく分かった。
お次は、真保裕一の『覇王の番人』だ。斎藤道三に仕えていたが、城を追われて放浪の日々を過ごす明智光秀。信長を親の敵として恨む、若き忍びの小平太。たまたま出会い、天下を鎮めるという理想を抱く光秀に惹かれた小平太は、彼に仕えることになる。以下、光秀と小平太という、異なる立場の人物を使って、本能寺の変に至る経
緯が綴られていくのだ。本書は光秀の謀叛に黒幕説が採られているが、独自の解釈がなされている。そこが大きな読みどころだ。
また「後記」で、「この物語を書き終えた今、私は確信している。明智光秀こそが、実は戦国時代を終わらせた真の武将なのだ、と」と記しているのだ。黒幕の正体は誰か、作者の言葉の意味するところは何か。どうか読者が本書を読んで確認してもらいたい。
垣根涼介の『光秀の定理』は、きわめてユニークなアイディアが盛り込まれている。「モンティ・ホール問題」と呼ばれる、確率論の問題だ。実に面白い問題であり、かつてこの問題により引き起こされた騒動も興味深いのだが、詳しく書く余地がない。知りたい人は検索してみてほしい。このような予想外のアイディアを見事に使って、光秀の軌跡を描いたところに、本書の素晴らしさがある。
さらに光秀の脇に、兵法者の新九郎と、謎の坊主・愚息を配して、ストーリーのエンターテインメント性を高めている。読み始めたら止まらない快作だ。