『鬼滅の刃』とは正反対の物語? 『大正地獄浪漫』で描かれる鬼、差別、時代

 大正時代、古(いにしえ)より日本の平和を脅かしてきた悪の存在を、鍛え上げられた者たちが手に武器を持ち、体術も使って追い詰めていく物語。そう聞いて今、まっさきに浮かぶのは、吾峠呼世晴による漫画『鬼滅の刃』のシリーズだろう。

 主人公の竈門炭治郞が困難を乗り越えて成長し、目的を果たす喜びがあり、仲間や先輩たちとの共闘によって、難敵を打ち破っていく楽しさがある。同時に、人間が境遇などから鬼への道を歩んでしまった悲劇も語られ、相手を慈しむ優しさをしっかりと育む。

 そんな『鬼滅の刃』と同じ大正時代の日本が舞台で、異能の使い手たちがバトルを繰り広げるという設定も重なるのが、『鬼灯の冷徹』の江口夏実が挿画を寄せた一田和樹の『大正地獄浪漫』シリーズだが、物語から醸し出される印象も、伝わってくるメッセージも『鬼滅の刃』とは正反対。正義が悪を討ち滅ぼすどころか、完結となる3月13日発売の『大正地獄浪漫4』では、滅ぼされるべき悪の側が大攻勢に出る。

 『鬼滅の刃』に例えるなら、無惨が勝利を得て日本を支配する結末なのかというと、そうとも言い切れない複雑な雰囲気が漂う。ハッピーエンドなのかバッドエンドなのか、それすらも判断に迷う結末へと至るストーリーが、第1巻から順に積み上げられていく。

 大正時代、帝都を騒がす邪悪な犯罪者たちを専門に取り締まる内務相直属の秘密組織「特殊犯罪対策班ゲヒルン」があった。そこには4つの隊から成り、それぞれ100人単位で精鋭をそろえた人形女給兵団が実働部隊として置かれていた。『鬼滅の刃』で言うところの鬼殺隊のようなもの。団長は美少女ながら怪物レベルの戦闘力を持つ人形屋藤子で、三番隊隊長の蓬莱霞は、見た目は美少女ながら実は少年といった具合に、魅力的なキャラクターがそろっている。

 物語は、そんなゲヒルンに事務屋知解子という女性が配属されたところから幕を開ける。高い記憶力と予知という異能も持った知解子は、顔に包帯をまいて片目を隠した片目金之助という班長の下、まずは自殺を教義とした集団を摘発する。

 情報を吟味して結論にたどり着く秀才肌の知解子と、直感的に真相に感づく天才肌の片目といったタイプの違う探偵が、それぞれの特徴を活かして真相に迫るミステリといった見方ができる。美少女たち(含む男の娘)が繰り広げるバトルアクションも楽しめる。そう見えたシリーズの印象が、エピソードを重ねるごとに変わっていく。

 柱として立つのが、「鬼殺隊vs鬼舞辻無惨」ならぬ「ゲヒルンvs本屋」という対決の構図。自分で読んでも誰かが読んで聞かせても、同じように洗脳の力を発揮する本を作り、人心を操る「本屋」なる組織がゲヒルンの敵として現れる。そして物語も、散発する猟奇犯罪との対峙から、日本という国を裏側からひっくり返そうと企む「本屋」との壮絶な戦いという、大きな景色を見せ始める。

 美焉鬼一という青年が第3巻で登場。彼の暗躍で、人を惑わす言葉が本や新聞などを通じて広まり、自由主義運動が全国で巻き起こる。米騒動なども起こって日本は激しく混乱する。SNSのデマのように、言葉の力が世の中に影響を与える状況がある。そこに人の心を強制的に染めてしまう「本」の力が加わったら何が起こるか。考えると怖くなる。

 ゲヒルンは当然、「本屋」の企みを叩こうとするが、敵の暗躍がゲヒルンのメンバーたちを次々に絡め取っていく。第2巻では、暗殺術に長けた蓬莱霞が本の魔力に染められ、自身を女性の娼婦と思わされて陵辱される。第3巻では、肉親に暴行を受け、獣姦させられて少女が死に至る内容の本を読まされた一番隊隊長の本条真白に、蓬莱よりも悲惨な末路が訪れる。

 暗躍する「本屋」の組織壊滅に邁進する片目金之助とゲヒルン、そして人形女給兵団に強敵が立ちふさがり、最後の決戦へと至る第4巻。片目の目的が明らかにされ、それをはばもうとする「本屋」の首領の意外な正体が示される。そこからは、日本という国は、あるいは国家はどういった形で統治されるのが理想か、といった問いが投げかけられる。

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