婚活迷子、お助けします。 仲人・結城華音の縁結び手帳

結婚相談所で成婚退会できるのは約3割……必要な努力は? 『婚活迷子、お助けします。』第七話

 橘ももの書き下ろし連載小説『婚活迷子、お助けします。 仲人・結城華音の縁結び手帳』は、結婚相談所「ブルーバード」に勤めるアラサーの仲人・結城華音が「どうしても結婚したい!」という会員たちを成婚まで導くリアル婚活小説だ。第7回は、見合い回数が多いのに交際に至らない〈小川志津子 28歳 通訳〉の元凶に華音が切り込んでいく。仲人としてそれはご法度では!という自らの過去も告白しながら。「結婚=幸せ」ではないのだと。

第一話:婚活で大事なのは“自己演出”?
第二話:婚活のためにメイクや服装を変える必要はある?
第三話:成婚しやすい相手の年齢の計算式とは?
第四話:男性はプロフィール写真だけでお見合い相手を決める?
第五話:見合いとは、互いのバックボーンがわかった上で相性を見極める場
第六話:婚活がうまくいかないのは“減点制”で相手を判断してしまうから

結婚相談所に登録して婚活する人のうち、成婚退会できるのは約3割

「本当に結婚したいとお思いですか」

 と、志津子が強めに詰問されたのは、ブルーバードに入る前に所属していた結婚相談所でのことだ。「あのですね、小川さま」と一年近くのつきあいになるその仲人は、うんざりしているのを隠すそぶりもなく、眉間にたてじわを刻んだまま、静かに深い息を吐いた。

「結婚相談所に所属する会員さまのうち、成婚退会できる方が、一年にどれくらいいらっしゃるかご存知ですか」

「いえ……」

 クラシック音楽の流れるホテルのラウンジで、申し訳なさに胃がきりきりしながら、志津子は首を横に振った。

「年によってばらつきはありますが、連盟のデータによれば、およそ1万人です。対して、新規でご入会される方々は、毎月3000名ほどいらっしゃいます。つまり年間で約3万6000人。概算で、成婚率は3割前後ということになります」

「3割……」

「もちろん、結婚相談所によって成婚率は異なります。うちは、所属されている半数以上の方々が成婚退会されていますし、努力で変えられることもあります。でもその努力はわたくしどもだけでなく、会員さまご自身にもしていただかなくては、どうにもならないんです」

 志津子は努力をしていない。

 つまり彼女は、そう言っていた。

「エステに通うだけでは痩せません。塾に通うだけで成績もあがりません。自分で食事制限と運動をし、自宅学習をすることで相乗効果を生みますが、好きなだけおやつを食べ、自力で問題集を解く気のない人に結果はついてこないでしょう。結婚相談所も同じです。小川さまにお相手を選ぶ意志がなければ、どんなに素晴らしい方とめぐりあっても成婚することはないんです」

 その結婚相談所で志津子は、ノルマをこなすように月に5人以上と見合いを重ねてきた。それが努力でないなら、なんなのだろうと志津子は思った。ぴんとこない人にも笑みを浮かべ、話を聞いて、相手が喜びそうな反応をしてみせる。毎週末、誰かしらと同じことのくりかえし。私はじゅうぶん努力している。そう思った、けれど。

 ――そういうことじゃ、ないんだ。きっと。

 志津子の目的は「会う」ことじゃない。「結婚」だ。

 本当はわかっている。どれだけ見合いの数をこなしても、そこにあるのが義務感だけなら意味はない。志津子自身、身に沁みていた。だってずっと、そうだったから。

「小川さま、もう一度うかがいます。結婚を本当に望んでいらっしゃいますか」

 厳しい言葉を放つ彼女が、いじわるでそうしているのではないことも志津子にはよくわかっていた。1年間で見合いした人の数はざっと50人にのぼる。なかには、こんな志津子でもいいと、真剣交際を望んでくれた人も何人かいた。ありがたかったし、うれしかった。志津子自身が好意を抱く相手も少なからずいた。けれどその誰もが、母のお眼鏡には叶わなかった。

 ――その年収で、あなたを養っていけるの?

 ――聞いたことない大学ねえ。うちの親戚のなかで肩身の狭い思いさせるわよ。

 ――なんだか人相がよくないわ。お母さん、好きじゃない。

 養われるつもりなんてない。相手に高い年収も学歴も求めていない。一緒においしいごはんを食べて、ときどき旅行でもできればそれでいい。武骨だけどすごく気配りのきくいい人なんだよ。そんな言葉を、志津子は発することができなかった。そっか、そうだよね、とうなずいてそのまま断りの返事を入れた。乗り気に見えたのにどうして、と仲人に聞かれるたびに、母の言葉をそのまま繰り返して伝えた。仲人がうんざりしても仕方がないと、いまは思う。

 やがて母は志津子に言った。

 ――やっぱりあなたに自分で選ばせようと思ったのがよくなかったのよ。

 そして深々とため息をついた。

 ――そんな相談所、お金のむだだからやめちゃいなさい。お父さんに、誰かいい人いないか聞いてみるから。お兄ちゃんやお姉ちゃんの同僚はどうかしらねえ。

 はい、とそのときも志津子は従った。仲人に退会を告げると、何か言いたげな表情を一瞬見せたあと、そうですか、とつぶやいた。「お役に立てず、申し訳ありません」と頭をさげた彼女が本当はなにを思っていたのか、志津子にはわからない。ただ、結城華音もときどき彼女と同じ表情を浮かべる。あなたはどうしたいんですか、と彼女と同じことを聞いてくる。

 どうしたいのだろう、と志津子は思う。私は本当に結婚したいんだろうか。

 ブルーバードに入会したのは、答えが出ないまま、けれどなにか動いていないとだめなような気がしたからだ。あれだけ見合いで埋まっていた週末の予定が急になくなって暇になったというのもある。そんなときたまたま、ネットの口コミでブルーバードを見つけた。「とにかく仲人さんのサポートが手厚いです」「自分のだめなところをバシバシ指摘してくれるので、最初はムカついたけど(笑)、おかげで結婚できました!」とサービスを褒める声に惹かれ、ここでだめなら諦めよう、と志津子は決めた。

 ただ今回は、入会したことを母には告げなかった。実家暮らしなので、相談所をやめたはずなのにあいかわらず頻繁に出かけることを最初は不審に思われたが、担当している企業の案件が、毎週土曜に入ることになったと嘘をついた。

 そうやって、慣れない嘘をついてまでブルーバードに入会したのに。

 けっきょく志津子は同じことを繰り返している。

 母ならばきっとこう言うだろうという言葉を、言われていないのに唇にのせて、断りの文句にしてしまっている。

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