次世代注目バンド・至福ぽんちょとは? 寄り添う優しさとその奥にある野心――結成から新曲「まだ嘘のまま」までに迫る

名古屋発の3ピースバンド・至福ぽんちょ。注目の存在だ。
りおん(Vo/Ba)、たいち(Gt)、なお(Dr)からなる3人組で、平均年齢は20歳。高校の軽音楽部でそれぞれ別のバンドで活動していた3人が、部活を引退した後に結成。2024年末に1stアルバム『与えられた場所で咲く』を発表してから、サーキットイベントでの入場規制が続くなどライブハウスの現場で着実に支持を広げている。
彼らのキャッチコピーは「“頑張れ”じゃなく“頑張ったね”と歌うバンド」。インタビューでは、彼らの代表曲「日々」、EP『なんかいい日になる気がする』収録の「アンチ・ハレーション」、そして6月10日にリリースされた新曲「まだ嘘のまま」と、いくつかの曲を掘り下げつつ、聴き手に寄り添うバンドの姿勢を探った。そして、バンドの全楽曲を手掛けるたいちが目指す大きな目標や“才能”をめぐる思いまで、じっくりと語ってもらった。(柴那典)
「音楽で有名になりたかった」“世界”を目指す至福ぽんちょ、結成の原点
――まずは結成についての話から聞かせてください。高校の軽音楽部で一緒だった3人が結成したということですが、どういうきっかけだったんですか。
りおん:部活を引退した後に、たいちが曲を作って録りたいって声をかけてくれたのがきっかけで。LINEで歌詞と音源が来て「やってみない?」っていう誘いがあって、すぐにバンドを結成することになりました。
――たいちさんはそのとき、どんなことを考えていたんですか?
たいち:ただ音楽をやりたいなっていうことだけでしたね。
――「音楽をやりたい」にも、今の時代っていろいろな方法があるじゃないですか。シンガーソングライターもあるし、ネットのクリエイターみたいなやり方もある。そうじゃなくてスリーピースのバンドをやりたいという思いは?
たいち:やっぱりバンドをやりたいっていうのがあったんだと思います。とにかく音楽で有名になりたかったっていうのがあって。音楽で食っていくっていうのは、小さい頃からずっと言っていたことなんで。それを現実にしていくために、まず曲を書きたい、曲を世に出したいなって思って。
――りおんさん、なおさんは誘われて、どうでした?
りおん:私は歌が好きだったので、録れるんだ、やってみたいっていう、レコーディングへの興味だけで「オッケー」って、すぐに返事しました。で、曲を聴いて、すごく歌ってみたくなったというか。この曲をやってみたいなって思いました。
なお:僕は受験期真っ只中に誘われたので、バンドをやるには県外の大学だと難しいんで、志望校を変えるか変えないかから始まって、1週間、たいちを待たせて、親とも相談して決めました。たいちにもいろいろ話を聞いて、やる以上は世界を目指せるようなバンドになりたいって言ってたので、そこに僕を誘ってくれたのが嬉しくて入りました。

――みなさんが影響を受けたアーティストや憧れのバンドは?
りおん:私はあいみょんさんがすごく好きです。歌を好きになったきっかけでもあるし、歌詞のかわいらしい部分や表現の仕方、歌声も好きで。あいみょんさんを真似し始めたのがきっかけで、今に至っている気がします。
なお:僕は中学校の頃からOfficial髭男dismがずっと好きで、初めてライブに行ったのも、ドラマーとして参考にしているのもOfficial髭男dismですね。
たいち:僕はラウドロックとかが好きで、Bring Me The HorizonとかBad Omensとか、そのあたりを聴いています。主に海外クリエイターの方が好きで。ポーター・ロビンソンとか、結構好きです。
――Bring Me the Horizonとポーター・ロビンソンから、至福ぽんちょの曲が出てくるのは結構意外ですね。
たいち:よく言われます。

――たいちさんは、至福ぽんちょを結成するにあたって、どんなビジョンがあったんでしょう?
たいち:洋楽が好きだったこともあるんですが、やっぱりサウンド面とか海外が最先端を行っていたりするじゃないですか。そういう意識を持ちつつ、日本で、しかもポップスという枠組みがしっかりあるジャンルの中で「こいつらだけちょっと異彩を放っている」ということをやりたくて。
――なるほど。J-POPという枠を意識しつつ、それを超えていくようなことを最終的に目指している。
たいち:そうですね。日本のポップスの概念をちょっと壊して再構築したいというか。
バンドの“軸”を築いた、ロックバラード「日々」
――「日々」という曲が、至福ぽんちょとして最初に大切な曲になったということですが、曲ができた時にはどんな手応えがありましたか?
たいち:この曲を作った頃は、ただひたすらに日本のポップスの勉強をしていました。世界とか言ってはいるんですけど、実力としてはまだまだだし、日本のポップスにもロックにも学ばないといけないことだらけだと思ってて。そんな中で、今の僕たちに必要な曲というところで、自分に真剣に向き合った時にできた曲が、ロックバラードの「日々」だったという感じです。
――りおんさん、なおさんは、「日々」がバンドにとってどんな曲になった実感がありますか?
りおん:この曲でバンドとして音楽を届けるスタンスみたいなのが定まったというか、ひとつの大切にするものが見つかったと思います。こういう曲を必要としてる人って、やっぱり沢山いるんじゃないかなって思うし。
なお:「日々」は、僕たちがよく言っている「“頑張れ”ではなく“頑張ったね”」という想いを伝えている曲だと思うので。バンドのモットーになっているような曲ではあると思ってます。

――今おっしゃった「“頑張れ”ではなく“頑張ったね”」というキャッチフレーズが生まれたのは、きっと「日々」という曲で歌っていることが何かしら届いたという実感、たとえばライブハウスの目の前のお客さんの顔とか、そういうものから掴んだものがあったんじゃないかと思うんですが。そのあたりはどうですか?
たいち:この曲の歌詞を書いて、初めてライブで披露する時に、個人的にりおんにMCで伝えてほしいことをまとめたものがあったんですが、その中に「“頑張れ”ではなく“頑張ったね”という曲です」っていう説明があって。たぶん、僕自身も言ってあげたい、というよりは言ってもらえたら嬉しい、っていうところから生まれたんじゃないかと思うんですけど、SNSも含めて初めて反応が良かったというか。いろんな人に向けて自分で作った、世にあったけどまだ出てなかった「“頑張れ”という言葉ではないロック」というのがすごくいいな、と思って。これを続けるバンドにしようと思いました。
――そのワードができたことで、曲作りとかライブとかの活動に、何かしらの軸ができたと思いますか?
たいち:うーん、どうでしょうね。なんというかうちのバンドは軸はないのかな、と思ってます。その時出たものたちが自然とつながって、ある種ひとりの人のように、いろんなことを言って、いろんな失敗して、いろんな成功して。だけど、その人ってその人だよねっていう。それが軸というなら軸ですかね。なので、言葉ではあんまり表せないのかなと思ってます。
――「日々」という曲って、何者でもない、何者にもなれない自分を肯定するみたいな曲だと思うんですよね。だから『与えられた場所で咲く』という1stアルバムのタイトルにもリンクしているわけで。「日々」ができたことで、あのアルバムを作っていた時期の、「こういうことを歌う作品にしよう」みたいな核の一つになったんじゃないか、と。
たいち:そうですね。僕は、人生の中で一番大変だったのが、『与えられた場所で咲く』を作った時期で。その時の自分に欲しいものを詰めたらああいうアルバムになりましたね。



















