さらば帝国、パンクの奥に滲む圧倒的な情景描写 固定観念に決別して築く“新たな遊び場”――ルーツを紐解く初インタビュー

今年2月、下北沢SHELTERのイベントで初めてライブを観て、衝撃を受けたバンドがいる。その名も、さらば帝国。前田祐快(Vo/Gt)、田代ほの香(Dr/Cho)、ウノコウダイ(Ba/Cho)から成る3ピースバンドだ。
その音と歌はSHELTERの天井を軽々と突き抜け、眼前にだだっ広い空と海の情景を描き出した。パンクロックの尖った衝動性と反骨心を持ちながらも、まるで風や波といった自然のグルーヴに身を委ねているかのようなスケールの大きさ、優しさ、強さ。何を隠そう、フロントに立つ前田は新島(東京都・伊豆諸島を構成する島の一つ)の出身。ビルやコンビニではなく、豊かな海や森に当たり前に囲まれて育ってきたからこその、何にも遮られることのないメロディ、気高い山々を目がけて空高く突き抜ける歌心。そして3ピースバンドとしての美しいバランスと佇まいに、心からの感動を覚えた。都会の生活に慣れすぎて、世間のしがらみに気を使いすぎて、いつのまにか忘れてしまった“本当のこと”。それがロックの爆音に乗っていきなりぶっ飛んできて、バチンと目を覚まさせられたような感じだ。SHELTERのイベント終演後、思わず物販に立つ前田に話しかけ、「インタビューさせてくれ!」と直談判し、今日に至る。
本稿は、さらば帝国にとって初のインタビュー記事となる。昨年は『FUJI ROCK FESTIVAL'25』に出演し、新島では3年前から主催イベント『Loco Motion!!!』を開催して様々なバンドを招致しているだけに、インタビューが初というのは少々意外だったが、ここから彼らは根幹にある“遊び場”を広げていきながら、さらに大きなバンドになっていくに違いない(すでにハルカミライの橋本学がラジオでさらば帝国をレコメンドするなど、その名は確実に広がりつつある)。メンバーのルーツ、結成の経緯、活動の原動力となっている想いや歌詞などについて話しているうちにあっというまに時間が経ってしまい、まだまだ聞きたいことはたくさんあるのだが……まずはこの記事が、さらば帝国という素晴らしいバンドを知る一助になってもらえたら幸いだ。(信太卓実)
新島育ちのフロントマン=前田祐快の人生観と直結したバンド活動
――先日、SHELTERのライブではありがとうございました!
前田祐快(以下、前田):こちらこそです!
――さらば帝国のライブを初めて観て、パンクの衝動性と鮮やかな情景描写の両立を、音楽性としてだけじゃなくパフォーマンスそのもので成し遂げているバンドがいることにとにかく衝撃を受けたのですが。皆さんはそれぞれ、さらば帝国ってどんなバンドだと思っていますか。
前田:そもそも僕の音楽体験自体が、今言っていただいたようなパンクと情景の融合から始まっているんですよ。高校生の頃にHi-STANDARDに出会ってドハマりしたんですけど、ずっと新島で育ってきたので、一歩外に出ると海、山、森、潮風があって、それら全部がセットだったんですよね。カーテン全開にして、景色を見ながら爆音で音楽を流したり、海辺でギターを掻き鳴らしたり。内側に突き詰めていくような音楽も大好きですけど、僕はずっと外の景色を見てきたから、バンドでもそういう放ち方になるのかなって。あと、さらば帝国はフォークバンドでもあると思っていて。フォークとパンクって似てるというか、イギリスではエレキギターを持ったパンクで自己主張していて、日本では学生運動とかの時代にアコギを片手にフォークでそういう歌を歌っていたりする。パンクと近いところにある、フォークのそういう部分が好きですね。
――なるほど!
前田:でも、さらば帝国が何を大事にしてるバンドかって言われたら、“場所作り”だと思ってます。僕はよく「国を作る」という言い方をしていて。地元の新島で『Loco Motion!!!』っていう主催イベントを何度か開催しているんですけど、それって「大きなイベントに呼んでくれないなら自分たちで作っちゃおう!」っていう発想から生まれたんです。島っていう場所柄、船が欠航しちゃうとかいろんなハンデがあるけど、そこを掻い潜って辿り着いたらものすごいものが見られるんですよ。これが広まったら楽しそうだなって思うから、さらば帝国は常に場所作りをしたいバンドです。今はそれを広げていってる段階ですね。
――その「自分たちで作っちゃおう」っていう原動力はどこから来るものなんでしょう?
前田:僕が新島でそういう遊び方ばかりしてきたからですかね。ビルとかコンビニとか、都心では当たり前にあるものが新島にはない。でも逆に、海とか山とか森があって、自分たちの想像力次第で何でも遊べる環境だったんですよ。太平洋を見てるだけでもいいし、東の海に行けば波が立っているから、サーフィンだってできるし。新島には10年以上続いていた『WAX』(2018年に終了)っていうイベントがあったんですけど、大工さんたちがお盆限定で集まって、砂浜に重機とかを持ってきて、ひと夏のビーチラウンジをボランティアで作っちゃうんです。それがめちゃくちゃ綺麗で。そうやって先輩たちが自分たちで遊び場を作って、真剣に遊ぶ姿を見てきたから、自然とそういう思考になったんだと思います。僕が「新島でイベントやりたい」と言った時も、力を貸してくれる人がたくさんいて、周りにも恵まれていたなと思いますね。

――それってパンクの“DIY精神”にも近いものですよね。
前田:あー、なるほど。でも僕らとしては「DIYやってる!」って感じではないんです。結果的にそういう精神性になっているのは嬉しいけど、そうせざるを得ない環境だったということは忘れないでおきたい。だからこそ柔軟に助け合えるし、困った時は「お願いします!」って素直に言えるので。
田代ほの香(以下、田代):たぶん、3人とも“把握したがり”なんですよね。やれることは自分たちでやるのが楽しいし、だから全部真剣に取り組めてるんだと思います。例えば、「普通のCDじゃ面白くないから、布で入れ物作っちゃおう」とか「物販は手作りにしよう」とか、いろいろやってるんですけど、これも周りから見たらDIYなんですよね。でも私たちの中では「なんか新しい感じのCD作れないかな~」っていうだけで作ったのが、今も続いているだけだったりするんです。
ウノコウダイ(以下、ウノ):結果的には新しいものができてるんでしょうけど、ただ楽しさ先行でやってる気がしますね。そして、僕らが楽しんでやってることを、他のバンドがあんまりやらない(笑)。
田代:うんうん。
前田:なんでやらないのかっていうと、大変なんですよ(笑)。布でCD作ると量産しにくいからメンバー自身で作らないといけないし、そうしたら縫い物ができないといけないし、布の買い出しや在庫の把握ができて、サボらない人が必要じゃないですか。たまたま辛抱強くて決してサボらない田代さんがいたので、僕らはそういうピースが揃ったからできているんです。
田代:あはは。
――今はCDを作らずにリリースするアーティストも多い中で、そういった物作りのこだわりを持てているのはなぜだと思います?
田代:もともとCDを集めるのがめちゃくちゃ好きな時期があって。その時に、紙ジャケットとかジップロックに入ったCDとか、パッケージの種類がたくさんあることを知ってすごく楽しかったんです。それで前にやっていたバンドで、デモ盤CDを作る時に、モコモコのハギレをくっつけて一個ずつ違うジャケットを作ってみたら、「めちゃくちゃいいじゃん!」ってなって。だから、さらば帝国でCDを作るって話になった時も、布を使ってみたかったんですよね。古着を活かしたリサイクル的なこともしたいし、CDが一つのアート作品みたいになったら面白いなって。私は消しゴムはんこが趣味なのもあって、収録曲のタイトルを毎回消しゴムはんこに彫って押したりもしていて、そうやって自分の趣味が形になったのも嬉しかったりとか。まあいろんな理由があるんですけど、せっかくCDを作るなら、忘れられないものにしたいっていうのが一番大きいかもしれません。
――まさに血の通った表現という感じで、さらば帝国らしいなと思います。ウノさんはどんなバンドだと感じていますか。
ウノ:3人のバランス感がいいなと思っていて。祐快は「GO!」って物事を進める役割で、僕は「いや、今行くのはどうなんだ?」って言いがちなんです。で、そのやり取りを見て最終的にどうするかを決めるのは田代なんですよね(笑)。向かう先は一緒だけど、同じ人間がいない、3人の性格が被っていないっていうのが、このバンドのいいところなのかなと思ってます。

互いにサポートし合って1つのバンドへ――“さらば帝国”結成経緯
――皆さんは同い年なんですか?
ウノ:いや、全員バラバラで。祐快が1999年生まれ、僕が1998年、田代が1997年。みんな一つずつ違うんですよ。
――そうなんですか。じゃあ結成の経緯を詳しく聞きたいです。
前田:僕と田代さんは、8年前からアフロバンクっていうバンドで一緒に活動してきたので付き合いが長いんですけど、ベーシストが途中で抜けて、いろんな人にサポートをお願いしていたうちの一人がウノくんでした。彼もThe 7 Inch Universeっていうバンドを当時やっていて、対バンしたこともあったんですよね。
ウノ:アフロバンクとThe 7 Inch Universeは結成年月がほぼ一緒で、数少ない同期って感じでした。アフロバンクの企画に呼んでもらったこともあったんですけど、コロナ禍の時期にお互いのバンドが止まっちゃったこともあって。
前田:その時、The 7 Inch Universeもドラマーが抜けてしまったので、ウノくんが田代さんにサポートドラムをお願いしたいって声をかけてきたんですよ。それでお互いのバンドをサポートし合う時期が2年くらい続きました。で、2023年に新島で初めての『Loco Motion!!!』があって、その時は別のベーシストにお願いするか、僕と田代さんの2ピースでいくかとか、いろいろな案があったんですけど、ウノくんが「俺行きたい。船代は自分で払うから」って言ってくれて。『Loco Motion!!!』が終わったあとも、汗だくになったウノくんが「今日はどのイベントよりもここが一番最高だった!」と言ってくれたのをめちゃくちゃ覚えてるんですけど、そこから風向きが変わった感じですね。「ぜひ正式メンバーになってくれ」って誘って、一度断られたんですけど1年くらい口説き続けて、一昨年の夏にようやく加入してくれたって感じです。ちなみに『Loco Motion!!!』の第1回目が終了してから3カ月後に、アフロバンクから「さらば帝国」に正式に改名したんですよ。

――バンド名も編成も、現在の形になったのはわりと最近の出来事なんですね。
前田:そうなんです。ウノくんがバンドに入るって言ってくれた時のシチュエーションもすごく良くて。2回目の『Loco Motion!!!』が開催される直前でかなりバタバタしてた時期で、各所との電話とか書類のやり取りもたくさんあるし、プレイベントも同時並行でやっていたから、てんやわんや状態で。そんな中で僕ら3人で最後のミーティングをして、終電ギリギリになってようやくイベントのことが落ち着いて、頭パンパンで帰ろうとした瞬間に、ウノくんから「ちょっと待って!」と言われて。「あの……やっぱ入りたいです」って(笑)。
――(笑)。
前田:「今!?」ってなったもんね(笑)。
ウノ:僕も頭パツパツすぎて。漏れちゃったんですよね、「加入したいです」が(笑)。
田代:かわいい(笑)。
――ウノさんはその時のことは覚えてるんですか。
ウノ:自分のやってたバンドとのバランスもあって、1年くらいずっと悩んでいたんですけど、サポート時代から一緒にやることがシンプルに楽しかったし、言語化できていなかったけど意義も感じていたし……そう思うと、加入の決定打はとっくにあったんです。ミーティングのあとに入りたいってポロッと言ったのは、このバンドの推進力に押されたのかもしれないですね。例えばこのバンドが部活だったら、顧問の先生の指導の下で、大会や文化祭に向けて動くわけじゃないですか。でもそうじゃなくて、僕らの脳みそ3つで夜中まで話し合って、一つの目標に向かって動けている――それだけ前に進む力がこのバンドにあるなら、今まで自分を止めていた理性を取っ払った方がいいなって思ったんです。
――では、前田さんと田代さんの出会いは?
田代:私が高校を卒業したあと、バンドを組みたくてライブハウスに履歴書を送りまくって、下北沢GARDEN(2020年閉店)でバイトを始めたんですよ。そしたら2〜3年目くらいの時に、「どうやら島から、サッカーも野球もやっててギターも弾けるサーファーが来るらしいぞ」っていう情報が入ってきて(笑)。それが前田祐快でした。
前田:(笑)。僕も高校卒業してバンドをやりたくて上京して、ライブハウスで働けばバンドやりたい人がいっぱいいるだろうと思って飛び込んだら、研修初日に田代さんと出会った感じでした。
田代:最初はガールズバンドを組みたくて、もう一人の女の子とメンバーを探してたんですよ。けど、その子は違う夢ができて早々にバンドを辞めちゃったので、それから祐快の作った曲を聴かせてもらったんですけど、めっちゃいいなと思って。祐快の声を聴いた時、本当に大きな山や木々が見えたんです。一緒にバンドをやりたいと思って、8年前に前身となるポップパンクバンドのアフロバンクを組みました。




















