かりゆし58は、メンバー全員で新しい道へ “前に進むための復帰“を選んだバンドの話

かりゆし58、“前に進むための復帰”の選択

 「アンマー」「オワリはじまり」「さよなら」などのヒット曲で知られる沖縄の4人組バンド、かりゆし58が2月22日に約2年4カ月ぶりとなるニューアルバム『バンドワゴン』をリリースする。

 この作品には、フォーカルジストニア(局所ジストニア)を発症したことにより2015年12月から休養していた中村洋貴(Dr)がパーカッションとして参加。中村は今年1月25日に渋谷チェルシーホテルで行われたライブから、ステージにも戻っていて、来年のデビュー15周年をメンバー全員で迎えるべく活動を行っていくという。

 中村は音楽活動の再開に際し、次のようなコメントを発表した。

「バンド離脱から長い時間が経過してしまいましたが、今年からバンドに戻ることができました。正直まだドラムは叩くことはできないのですが、バンドの為になにかできることはないかと思い、できることを少しずつやっていこうと決意しました。これは一歩ずつ前に進む為の復帰だと考えております。この決断が、この病気で苦しんでる人達にとって少しでも希望となれることができたら、、幸いです」

 “一歩ずつ前に進む為の復帰”という表現、そして、“この病気で苦しんでいる人達にとって少しでも希望となれることができたら”という言葉に、自らが置かれた状況としっかり向き合い、バンドに戻ることを目指してきた中村の姿が強く表れていると思う。

 前述した通り、中村は2015年にフォーカルジストニアを発症し、休養することを発表した。「今年の夏頃から自分の意思とは逆に右手首に力が入ることがあり、そのせいで思い通りにドラムを叩けない状態がしばしばありました」「それでもライブとレコーディングは全力でやらせて頂いてきましたが、正直、精神的なストレスの方は限界にきておりました」という中村のコメントからは、ドラムを思うように叩けない悔しさが強く伝わってくる(筆者はライターとして何度も取材させてもらったが、休養を発表する以前から、かなり強いストレスを受けていることが感じられた)メンバーと所属レーベルのLD&Kは、中村をサポートすることを決め、バンドはサポートドラマーとともに活動を継続。それが今から4年前の出来事だ。

 フォーカルジストニアを発症し、音楽活動を休養、もしくはバンドから脱退するミュージシャンは多い。単純な動作/運動を指令として脳から届けることができず、身体が本人の意思に反して動かなくなってしまう、または意図しない動きをしてしまうというのがその症状で、残念なことに治療法が確立されていないのが現状だ。症状が改善されるかどうかわからないまま、休養するしかないミュージシャンの辛さは想像するに余りある。もちろん、中村も休養に入った時点では、不安と焦りに苛まれていただろう。

 休養期間中の唯一の活動は、FM沖縄のレギュラー番組『てれこ〜かりゆし58のかりっかりかりか(仮)〜』(毎週日曜日21時〜21時30分/ORANGE RANGEと隔週交代)。この番組の収録に参加することが、定期的に声を届け、ファンとの中村をつなぐ唯一の機会となっていたのだ。結果的にはこのことが、音楽に対する彼の気持ちを繋ぎとめた一つの理由になったのだと思う。かりゆし58は2017年10月に7thアルバム『変わり良し、代わりなし』を発表。この作品はサポートドラマーを呼ばず、全編、打ち込みで制作されている。アルバムタイトルが示す通り、“音楽的な変化はあっても、メンバーは代わらない”という意思を示した作品と言えるだろう。

 日常生活には支障がないものの、楽器の演奏になると思うように身体が動かないというもどかしい日々が約2年続き、再び中村がステージに立ったのは、2018年3月に行われたバンド主催のイベント『縁芸一夜』だった。マニアックな曲を含んだセットリストをコアなファンの前で披露するという内容。ふだんとは違う編成ということもあり、中村も比較的気負わずに参加できたようだ。このイベントでステージに立つことが嬉しいと思えたことが「前に進むための復帰」の要因の一部になったのかもしれない。

 さらに2019年の春に開催されたツアー『ハイサイロード2019〜平成の結〜』のファイナル公演(2019年6月14日/東京・Shibuya TSUTAYA O-EAST)に中村がサプライズ出演。その後も焦ることなく、ゆっくりと歩みを進めながら、アルバム『バンドワゴン』、そして全国ツアーの参加が実現したというわけだ。

 今年1月25日の渋谷チェルシーホテルで行われたライブで、バンドの中心的存在である前川真悟(Vo/Ba)は、「(中村が戻ってきた)初のライブとなります。洋貴が戻ってきて、生まれ変わったかりゆし58の誕生日をあなたと迎えています」と語った。バンドを続けていれば、思いもよらない出来事が起きる。まったく同じ形で続けることは不可能だが、そのときの状況を受け止め、ちょっとずつでいいから前に進むことで、必ず道は開ける。中村の「前に進むための復帰」は、そういう積み重ねに裏付けられ必然だったのではないだろうか。

 デビュー記念日の2月22日にリリースされるニューアルバム『バンドワゴン』の表題曲は、2月に配信リリースされた楽曲の再録バージョン「バンドワゴン-5seats-」。中村のパーカッションを交えたバンドサウンド、土ぼこりが舞うような情熱的なメロディが印象的なこの曲には、〈分かり合えない孤独を/分かち合う事くらいは/僕らにも出来るよ〉というフレーズがある。バンドという形を選んだメンバーたちの思いが強く刻まれた、素晴らしい歌だと思う。

 孤独、怖さ、焦りを乗り越えて、中村はバンドに戻ってきた。これからも色んなことがあるかもしれないが、かりゆし58はずっと進んでいくだろう。メンバーが再び集まり、新しい道を進みはじめたことを、いまはしっかりと祝福したい。そして、(中村がコメントのなかに記しているように)彼の復帰が、同じ症状を抱えてるミュージシャンにとって明るいニュースになることを心から願う。

エフエム沖縄 西向 幸三氏 コメント

かりゆし58がかりゆし58になる前、彼らに出会った。強面でギラギラしてて熱い…それが真悟の印象だった。そして行裕と洋貴。幼馴染の二人は物静かで穏やか、で、にこにこしてて…真悟とは対照的だった。でもこの3人が一緒にいると不思議と座りがいいというか、なんだかとても居心地の良い空気が生まれてた。

それからデビューしアンマーでブレイク。直樹の加入。彼の独特の感性でサウンドやライブはもちろん、バンドの雰囲気がさらによくなった。この4人でどんどん大きなかりゆし58になっていった。

そこから洋貴のお休み。

その間に地元沖縄、エフエム沖縄でラジオ番組「かりゆし58のかりっかりかりか(仮)」がスタートした。バンドをお休みしてる洋貴も出演。番組は必ずしも4人全員が揃うわけではない。真悟と直樹だったり、洋貴と行裕だったり、真悟以外の3人だったり。いろいろだ。それはそれで味わいがあるのだが、やっぱり4人が揃った時が1番いい。

4人のトークの絶妙なバランス。
走る真悟。置いてく3人。大急ぎで戻ってくる真悟。一緒に盛り上がったり、盛り上がらなかったり。でも、そう、真悟はいつも3人のとこに帰ってくる。

番組では真悟はもちろん、行裕も直樹もそして洋貴もコーナーを担当している。洋貴のコーナーはその名もずばり「ヒロキをさがせ!」。人生に迷っている洋貴が自分探しをするコーナー。普段の生活で体験したことや感じたことを面白おかしく語るコーナーだ。

決して饒舌ではない洋貴のトークに真悟がつっこみ、行裕と直樹がのってくる。洋貴も嬉しそうに訥々と語り続ける。休んでいる時間を少しずつ埋めるように。

辛い時もあっただろう。でもそんなそぶりも見せずに。

そして今、洋貴がバンドに、3人のもとに帰ってきた。その一歩を踏み出した。

おかえり洋貴。

かりゆし58 オフィシャルサイト

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