水瀬いのりが咲かせた夢のつぼみ――笑顔も涙もすべてを抱きしめて未来へ! 『Travel Record』ツアーを振り返る

アーティストデビュー10周年の節目を迎えた水瀬いのりが、ライブツアー『Inori Minase 10th ANNIVERSARY LIVE TOUR Travel Record』を開催。2025年10月12日、兵庫・ワールド記念ホールからはじまり、7都市8公演を巡る10周年記念ツアーは、11月29・30日に神奈川・横浜アリーナへ。DAY1となる11月29日には、自身初となるメドレーを含めて24曲を歌唱した。
今回のツアーは、水瀬いのり10周年の集大成。9月3日に同時リリースされたベストアルバム『Travel Record』と、全曲書き下ろしのハーフアルバム『Turquoise』を携えて行われ、“ここまでの10年”と“今”を提示した。
彩り豊かな10年間を振り返るオープニングムービーを経て、水瀬のシルエットがステージに姿を見せると、場内には大歓声が響いた。そして、1曲目となる「夢のつぼみ」へ。同曲は、デビューシングル表題曲。〈まだまだまだ あきらめないんだ ともに行こう もっと〉と、10年前の覚悟をあらためて歌い上げ、10周年記念公演の始まりを告げた。ちなみに、登場時のシルエットの演出と身にまとっていた白いワンピースは、1stライブをオマージュしたもの。のちのMCパートではくるりんと回って衣装をお披露目し、またも大きな歓声を浴びていた。


さらに「横アリDAY1! 一緒に回して!」と全員でタオルを回しながらパフォーマンスした「Ready Steady Go!」も、1stライブを思い起こさせる楽曲。花道を進み、センターステージに立って観客のコールを全身で浴びたり、一緒にジャンプをして楽しむ水瀬。この一体感は、幾度もライブを重ねながらファンと築き上げてきたもの。新たな演出で見せた楽曲からも、10周年の道のりを感じられた。3曲を披露し終えた水瀬は、横アリの観客席をぐるりと見渡し、人の多さにあらためて驚く。「これが10周年のご褒美なんだ」「これだけたくさんの人に、音楽が届いていたんだ、間違ってなかったんだと嬉しく思います」と感慨深そうに語り、「とても大きな会場ですけど、端の端まで届けるので受け取ってください」と宣言する。また、横浜アリーナ特有の席種にも触れ「アリーナに面したセンター」「スタンドに面したアリーナ」「2階席風スタンド」と分けて、コール&レスポンスを楽しんでいた。

「Happy Birthday」のインストアレンジをバックに、バンドメンバーを紹介し、ターコイズブルーのドレスに着替えて再登場すると、このブロックでは『Turquoise』収録の最新曲を多数披露し、今ツアーで観客との一体感が培われた楽曲に酔いしれる。「My Orchestra」では、黄金を表現したきらびやかな照明のなかで歌唱。『Turquoise』リリース時のインタビューでは、「『My Orchestra』と書いて『チームいのり』と読みたいくらい、チームを感じられる曲」(※1)と語っていたが、それを証明するかのようにチーム間で共鳴しながら歌い上げ、場内は幸福感に包まれた。



デビューから現在までを振り返るメモリアルムービーを経て、赤と黒を基調にしたパンツスタイルで再々登場。「Starry Wish」「アイオライト」「NEXT DECADE」を歌唱し、先ほどまでとは少し違うクールな一面を露わにした。「NEXT DECADE」に関しては、「ツラい時期も悲しい時期もあったけれど、そこにフィルターをかけることなく大っぴらにできる自分だから好きになれた。そんな自分の内面を伝えている」と過去に語っていたほど、水瀬の真に迫る一曲だ。派手なスタジアムロック演出で、ひときわインパクトを放っていた。のちのMCでも、10年の活動について「まわりからはロケットスタートに見えたかもしれないけど」と前置きしつつ、その裏には焦りや戸惑いがあったことを吐露。ただ、今は自分のペースで歩けるようになったといい、「『好き』『楽しい』という気持ちと、応援してくれるみんなと一緒にいたいという気持ちを原動力にこれからも歩き続ける」と伝えるのだった。



紗幕が降りたステージの向こうに黄色いドレス姿の水瀬が現れ、はじまったのは「BLUE COMPASS」。紗幕には水泡がぶくぶくと沸き、深海に漂っているかのような世界観のなかで披露された。「リリース当時は難しくて必死だった」とMCで語った同曲も、この日の水瀬は悠然と、堂々と歌い上げ観客を酔わせた。コロナ禍によって無観客で行われた5周年記念ライブを経て、当時のライブでは直接見せることができなかった演出で歌えたことへの喜びとともに、「みんなの目を見て歌えて、本当に嬉しかったです」と弾ける笑顔を見せた。
また、続く「ココロソマリ」はセンターステージで歌唱。じっと聴き入っていた観客のあたたかい拍手を一身に浴び、花道からメインステージに戻る道すがらには、後ろ歩きや横歩きをしながら観客にドレスを自慢する一幕も。「『ココロソマリ』は家族愛を描いた曲だけど、『みんな(観客)のことだな』と思うようになった」「みんなも家族なんだ、って」と、楽曲に込めた思いへの変化を感慨深げに口にする。

「思いがあふれて止まらないゾーンですので、次の曲もとめどない思いを届けたいと思います」「みなさんもぜひ一緒に歌ってくださいね」と伝えてから歌唱した「harmony ribbon」は、力いっぱい歌う観客の声に感極まり、思わず目をうるませた一幕も。アウトロでは抱きしめるようなジェスチャーまで見せ、“仲間”であるファンとの信頼関係をより強固なものにした。「過去には、(コロナ禍で)横浜アリーナでの公演ができなかったこともある」「悲しい思いもしたけど、今は幸せだから大丈夫!」――そう伝え、本編ラストの「Innocent flower」へ。観客と思いをひとつにして、夢のつぼみは美しい花を咲かせた。

アンコールを受けた水瀬は、自作のキャラクター“くらり”が描かれた“くらりトロッコ”に乗って登場。外周をぐるりとまわりながら、「Turquoise」とメドレー(「Million Futures」「REAL-EYES」「heart bookmark」「glow」)を披露した。ここで目を見張ったのは、水瀬のファンサービスだ。広大な横浜アリーナの客席だが、誰ひとりとして取りこぼさないよう、客席の隅から隅まで見渡し、ファンと交流していたのだ。トロッコのスピードがことさらゆっくりだったのも、納得できる。もはや「ファンサービス」と言うと軽く思えてしまうくらい手厚く、そして愛に満ちたひと時だった。

水瀬は“伝える”ことに長けたアーティストだと思う。歌はもちろんのこと、MCでもその場の感情にまかせた抽象的な言葉だけでなく、ここまで何を考えてきたのか、何を思い、どのようにライブを組み立てているのか、ライブをしてみてどんな感情が芽生えたのかを、一切手を抜かず言語化して伝えてくれる。客席に手を振る動作ひとつにも、そんな彼女の熱やメッセージがこもっているのだろう。だからファンは心打たれ、彼女についていきたくなるのかもしれない。ちなみに、本編序盤にあったバンド紹介時のインストには、「Happy Birthday」のほかに「笑顔が似合う日」「あの日の空へ」「コイセヨオトメ」が盛り込まれていたのだが、「どんな曲だったかわかる?」と観客に問いかけ、手を挙げた観客を指名して実際に答えてもらう場面もあった。ここまで近い距離感で接するアーティストも、そうそういない。

アンコールラストは、「夢のつづき」。デビュー曲「夢のつぼみ」の対となる楽曲で、“これまで”と“これから”を歌い、「せーの!」の大ジャンプでシメ。明るいムードのなかでエンディングを迎えた。バンドメンバーが先にステージをあとにし、ひとり残った水瀬。ステージに落ちた銀テープを「これもぜひみんなで配ってあげて」と客席側に渡し、「あ、でもキリがない!」と、途中で諦めて笑わせつつ、最後の最後まで観客とじっくりとコミュケーションを交わした。自然体な姿で、多くのファンを魅了する水瀬。11周年以降はどんな音楽を共有してくれるのだろう――。

※1:https://realsound.jp/2025/09/post-2145886_2.html


























