小泉今日子「Someday」での学び、AKB48「Beginner」の斬新さ――井上ヨシマサが語る40年、“表現者”としてのポップス

井上ヨシマサ、歩んだ40年と『Y-POP』

人生の最後の最後までやれるのが音楽の仕事だと思う

井上ヨシマサ(撮影=池村隆司)

――『Y-POP』についても聞かせてください。本作は特定の音楽スタイルに限定されない、ジャンルレスな内容になっていますよね。

井上:そもそもポップスというもの自体がジャンルレスじゃないですか。それを“ヨシマサのポップス”=『Y-POP』という箱のなかに詰め込みました――そんな意味もタイトルには込められているわけで。思えば、自分は提供曲において40年にわたりやってきたんですよね。今回のアニバーサリーイヤーの締めくくりとして、いい着地点になったんじゃないかと思います。

 実は、最初のタイトル候補は『POPS』だったんですよ。でも、そのタイトルだと「今だけバズる」と言われるような一過性POPSだと誤解されるのでは? と思い考え直しました。最終的に「自分だけのPOPS」つまり“Yoshimasa-POPS”=『Y-POP』というタイトルになりました。永遠に歌い継がれるような曲になれたら嬉しいです。

井上ヨシマサ Y POP 視聴トレーラー

――たしかに、「ポップス」という言葉からイメージする音って、今なら世代によって異なるかもしれませんし。

井上:そうそう。だから、これは“2025年ポップス集”ではないですよね。

――僕はもっと普遍的なポップスという印象を、このアルバムから受けました。鳴っているサウンドはしっかり現代的でクオリティの高いものですが、そもそも往年のポップスや歌謡曲ってバックトラックにもかなりこだわったものが多かったですものね。

井上:ありがとうございます。さっき「メロディはシンプルで覚えやすく、だけどベースにあるサウンドは最先端のマニアックなもの」と話しましたけど、そのこだわりは捨てたくなくて。だって、そのジャンルの専門家の方が聴いた時に「これニセモノじゃん」って言われたくないじゃないですか。せっかくまわりに最先端の音楽に触れている仲間も多いんだし、そういう人たちに「このキックとベースの音、どう?」と聴いてもらってアドバイスをもらうこともありますし。ストリングスセクションに関しても、日本トップクラスのソリストたちにきていただいて録ってますからね。歌やメロディに注目して聴いている方には伝わりにくいポイントかもしれないけど、自分が納得する形で徹底しています。

 もちろん、手を抜こうと思えばいくらでも誤魔化せると思うんですよ。ベースひとつ取り上げても、「有名なベーシストを呼ばなくても、打ち込みで済ませればいいじゃん?」ってことにもなりますし。昔はよくSNSなどで「AKB48初期は打ち込みで安く作ってるんでしょ?」と言う人もいました。「生のストリングスもいいですよ!」だとか(笑)。僕の場合、あえて生演奏から打ち込みに差し替えたこともよくあるんですよ。でも、それは予算のある/なしに関係ないのです。自分の作品として聴いて恥ずかしくないものにするための手段であって、「ここはチープな音のほうがかっこいい」と思ったらそうするだけのことであって。自分基準で「これが正解だ」と思ったら、そうしないとイヤなだけなんです。というのも、さっき話したターニングポイントのなかで、25歳の時に環境を変えた話をしたじゃないですか。あの頃、まさに自分が思った音にできないことに対して嫌悪感を覚えて、それがトラウマになっているんですよ。自分の思うような形にできないなら、死んだほうがマシだと思うくらいにイヤだった。

――たしかに、その”自分が納得していない音”が世に残るわけで。

井上:そうそう。実際にフィジカルに踏んづけられるほうがまだ許せますよ。特にハイヒールで(笑)。冗談はさておき。人生、生きていれば屈辱を感じることってたくさんあるじゃないですか。僕にとっては、自分が納得していない作品が世に出ちゃうことが本当に恥ずかしくて。だから、「今この曲を出すのはやめたほうがいいですね」とプロデューサーと揉めることもありましたしね。自分の名前とともに発表される作品は、自分が歌っているものであろうが、ほかの方に提供したものであろうが、絶対的に納得した形で送り出したい。もちろん、今回の『Y-POP』もそうです。

井上ヨシマサ(撮影=池村隆司)

――このアルバムのなかで、個人的には「ノンアルコールで乾杯」から「Unlimited (feat. 柏木由紀)」までの中盤の流れが僕は特にお気に入りでして。楽曲のバラエティも豊かだし、アレンジもそれぞれタイプは異なるものの、非常に凝ったものばかりだなと思うんです。

井上:ありがとうございます。「上がってなんぼ」もそうですけど、もともと「ノンアルコールで乾杯」みたいなタイプの曲が“Y-POP”だと思うんですよ。ただ、これがポップスかと問われたら、正直よくわからない。加えて、本来なら提供曲今までの自分だったらやらなかったような曲も含まれていています。ここが今回のいちばん大切な“気づき”なんです。人にあげようと思っていた曲を自分のソロとして録音リリースするのは今回初めてだと思います。

――そんななか、CMソングとして発表された「それぞれの夢」の最新バージョンも収録されています。オリジナルバージョンが世に出てからすでに20年以上経ちますが、メロディ自体が普遍性を持っているから今聴いてもまったく古びていない。でも、アレンジにおいて今回は新たな解釈が加えられていて、そこに「20年経った今だから、こういうこともできるよ」という意思も伝わってきます。

井上:僕の音楽人生は、小学生の時にビッグバンドで曲を演るブラスバンドに所属したことから始まりました。作曲したものに対してアドリブしたり、編曲したりすることに対する関心が昔から高かったんです。なので、かつて一筆書きで作ったような曲を、何年もかけて磨いていく作業自体が好きなんですよ。だって、画家はひとつの絵を何年もかけて描き加えていくようなこともありますよね。今回は、大サビに今だから思う歌詞とメロディを加えています。バンド編成にもしていますし、そういう作り手、表現者としての進歩を聴き比べてもらって、どっちがいいという話ではなく、記念写真のように楽しんでもらえたら嬉しいです。これも周年だからこそやろうと思えたことかもしれませんよね。これが50周年のタイミングになったら、どうするんだろう(笑)。

それぞれの夢2025MVfull

――そこについてもお聞きしたかったんですが、ヨシマサさんは音楽家としての終わりのタイミングって意識することはありますか?

井上:やっぱり人生の最後の最後までやれるのが音楽の仕事だと思うんですよ。ただ、AKB48の仕事が多かった時期、スタバ(スターバックスコーヒー)の甘いアイスコーヒーを飲みすぎちゃった結果、糖尿病になっちゃったんです。だから、仕事を続けるために甘いアイスコーヒーをやめるか、仕事をやめるかっていう(笑)。今はブラック! 走ったり、運動もするようになったので、死ぬまでこれを続けるのかなと思っています。きっと、死を意識するまでには、もっといい歌詞も書けるようになっているだろうし、まわりへの感謝を伝えるような歌詞も増えるんじゃないかな。

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