バルーン、そして須田景凪という才能の奇跡、新しい息吹を宿す6つの歌――企画アルバム『Fall Apart』全曲解説

バルーン『Fall Apart』全曲解説

 諦めと焦燥のロック「シャルル」、孤独を歌う「雨とペトラ」、やるせなさをギターロックに乗せる「メーベル」――須田景凪というアーティストがバルーンとして2013年に産声をあげてから12年。バルーンとして最初にリリースしたアルバム『apartment』、そこに“fall apart”=“崩壊する”を掛け合わせた名を持った企画アルバム『Fall Apart』が完成した。

 バルーン自身がリスペクトするアーティストたちが新しい解釈と物語を与えてみせた5曲と、客演にヒトリエを迎えたバルーンの新曲「WOLF」、全6曲が収録されている。リアルサウンドでは、『Fall Apart』を天野史彬氏、小川智宏氏、森朋之氏(50音順)による全曲徹底クロスレビューで特集する。

“バルーン”企画アルバム「Fall Apart」クロスフェード

「今まで"バルーン"として積み上げてきた価値観を壊してほしい」

 バルーンのこの言葉の意味を超えて、楽曲の主人公たちがすでに与えられていた3、4分の人生をもう一度生き直すような、そんなドキュメントさえ感じられるアルバムである。その大前提にはバルーンというアーティストの才能が存在するということ。だからこそ、これは奇跡と言うほかない、そんな稀有な物語を宿した作品である。“カバーアルバム”とも“トリビュートアルバム”ともまったく違う、今までになかった作品から、その凄みに触れてほしい。(編集部)

シャルル Prod. by キタニタツヤ/Ado

キタニタツヤ
キタニタツヤ
Ado
Ado

 アルバムのオープニングを飾るのは、バルーン、そして須田景凪の名前を世のなかに知らしめるきっかけとなった、原点にして代表曲「シャルル」。彼のキャリアを語るうえで絶対に欠かせない、2016年の公開以来、きっと星の数ほどカバーされてきたであろうこの名曲に新たな命を吹き込むのは、アレンジ=キタニタツヤ、ボーカル=Adoという最強タッグである。

Ado - シャルル Prod. by キタニタツヤ(Official Audio From「Fall Apart」)

 楽曲の持つ焦燥感と切れ味を思いっきり増幅させたようなキタニのサウンドの上で、生々しいエモーションを爆発させていくAdoの歌。表現力豊かなAdoの声と楽曲をリードするベースの音がバチバチとぶつかり合いながらチェイスするような、スリリングな「シャルル」である。キタニもAdoも自身の個性を存分に発揮しながら、同時に細かいフレージングや節回しには原曲とバルーンに対する絶大なリスペクトと信頼が刻まれている。楽曲のチョイスも、それを誰に託すかという点においても、このアルバムを始めるならこれしかなかった。(小川智宏)

メーベル/なとり

なとり
なとり

 高校時代からバルーンの楽曲を愛聴し、強い影響を受けていることを公言しているなとりにとって、人気曲「メーベル」をカバーすることは大きな喜びであると同時に、途轍もないプレッシャーでもあったはず。そのアンビバレンツな状況のなかで彼は、“原曲とバルーンへのリスペクト”と“なとりらしさの表出”を見事に体現してみせた。

なとり – メーベル(Official Audio From「Fall Apart」)

 原曲はギターリフを中心としたバンドサウンド。それをなとりはファンキーなベースと鋭利なピアノに置き換え、4つ打ちのダンスチューンという原曲の軸をしっかり残しながら、「Overdose」(なとり)などにも通じるミニマムな音像によって換骨奪胎することに成功している。しなやかで心地よいグルーヴと憂いを帯びた声質を共存させたボーカルも、なとりらしさが全開。愛情と不安の間で揺れる様子を描いたリリックに生々しい躍動を与えているのも“なとりバージョン”の良さだが、それはもちろん、彼自身が原曲を聴き込み、身体に沁み込ませているからこそ可能になった表現だろう。(森朋之)

レディーレ Prod. by 椎乃味醂/Reol

椎乃味醂
椎乃味醂
Reol
Reol

 「レディーレ」が公開された2017年は、バルーンが須田景凪名義で活動することを発表した年。つまりボカロシーンからの越境を決意した時期であり、活動のフィールドを広げることに対する不安と期待がこの曲にはリアルに反映されている。バルーンにとってのターニングポイントというべき「レディーレ」を、彼と似たようなキャリアをたどってきたReol、そして、幼少期からボカロ音楽に触れてきた2003年生まれの音楽家/クリエイター・椎乃味醂がカバーすることはとても大きな意義があると思う。

Reol - レディーレ Prod. by 椎乃味醂(Official Audio From「Fall Apart」)

 原曲は抑制の効いたサウンドと憂いが滲むメロディが印象的だが、椎乃はBPMを上げ、ブライトな音色のシンセを活かすことで、解放感をたたえたポップチューンへと変貌させている。ドロップの使い方も絶妙で、アッパーな高揚感が伝わってくるのだ。そして特筆すべきは、やはりReolの歌。後半に向かうにつれてエモさを増していくボーカルによって、鬱屈から抜け出そうとする心情を描いた歌詞の魅力をさらに強く引き出している。(森朋之)

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