Spotifyのビジネス的成長が音楽業界にもたらすもの 印税分配新ルールの狙いも聞く

SNSで議論を呼んだ新方針の真意とは

ーーここからは昨年発表され、今年4月に施行された印税分配などの新方針についてお聞かせください。そのうちの一つにあった「年間再生数が1,000回未満の曲には楽曲利用料を支払わない」という部分がSNSで一部議論を呼びました。変更になった経緯や具体的な内容について改めてご説明いただけますでしょうか。

トニー:この部分だけが独り歩きしてしまったように思います。全体の仕組みや変更に至った背景などが伝わっていないのは非常に残念です。まず最初にお伝えしないといけないのは、Spotifyはミッションステートメントにもある「アーティストとファンをつなぐことによってアーティストが生活できるように還元する」ことに一貫して取り組んでいる会社であるということ。我々はアーティストが作品というアートを通じて生活できるような環境を作ることがミッションですから、Spotifyが収益を欲張っているというのは完全な誤解です。「インディーズに還元していることを謳いつつも、メジャー贔屓じゃないか」「アンチインディーズ、アンチDIYじゃないか」と揶揄されることもあります。

 では、どうしてこの新たなルールを導入したのか。その前にSpotifyはアーティストに対して直接印税を支払っているわけではなく、Spotifyがライセンス契約するレーベルやディストリビューター(配信事業者)などの権利者に対し、ストリームシェアに応じて印税を分配しているという説明から始めないといけません。その先のアーティストが実際に受け取る金額は、彼らと権利者が交わしている契約によります。

 現在Spotifyで配信されている1億以上のトラックのうち、過去1年間に再生回数が1,000回未満であったトラックは、月平均0.03米ドルの印税しか発生していません。これらの微小な金額は、レーベルやディストリビューターなどの権利者には分配されるものの、その先のアーティスト等へは行き渡らずそのままになっていることがある。ここが問題であり、アーティストにちゃんと行き渡る形にしていこうという対策の一つなんです。

 ただ、支払われないというのにはもちろん理由があります。権利者からアーティストへの最低支払額に満たない(通常一回の引き出しあたりの最低支払額を2から50ドル程度と定めていることが多い)、その支払いに対し銀行手数料がかかる(通常一回あたり1から20ドル程度)などです。そのような事情から行き渡らないという課題に対して、レーベルやディストリビューターなどのパートナーの皆さんと取り組んでいる一つが今回の新方針です。

 その一つの条件として設定したのが「過去1年間に1,000回再生以上」というもので、全体の総再生のうち1,000回再生未満のトラックの再生回数は0.05%、つまり総再生回数の99.5%は1,000回再生以上のトラックが占めています。ただ、全体総再生における割合は低いものの、アーティストに行き渡っていない少額の印税をトータルすると年間数千万米ドル、つまり数十億円ぐらいの経済価値になる。それがアーティストに行き渡らないというのはもったいない。つまり、この金額を1,000回再生以上の楽曲を対象に按分しましょうということなんです。あえて繰り返しますが、これによってSpotifyが収益を上げるということではなく、Spotifyから権利者へお支払いする総額自体も変わりません。

ーーそういうことなのですね。

トニー:今回の件に限らず、ストリーミングエコノミクスについては度々議論が起こります。もちろん単価で言えば1再生あたりいくらというのは当然CDには勝てません。ただロングタームな金額で考えていただきたいのです。ストリーミングでは一度配信されれば長く、国内のみならず海外でも聴かれる可能性が広がります。また、なにか1曲が聴かれるとそのアーティストの他の楽曲も聴かれ始めるなど、トータルとして積み上がっていくのもストリーミングならではです。

 また、最近確信を持って言えるのは、先ほどCDとストリーミングは共存できるというお話をしましたが、実はストリーミングが盛り上がるとCDなどのフィジカルも売れるということなんです。海外でもストリーミングが主流となる中で、アナログ盤のようなフィジカルがカムバックしている動きがありますが、CDへのニーズが依然高いというのは、日本のマーケットの一つの特徴かもしれません。今後の日本の音楽業界の収入源は、CD+サブスクリプション型ストリーミング+広告型ストリーミングの組み合わせになるのではないでしょうか。Spotifyとしても広告ビジネスについては今後さらに強化していきます。ストリーミングはさらに安定した土台になっていくと思っていますし、ストリーミングでのアーティストとリスナーの出会いが起点になって、多岐にわたるビジネスチャンスに広がっていけば、ストリーミングの真価がいっそう見えてくるんじゃないかと考えています。

ーー最後にSpotify Japanとしての今後の展望についてお聞かせください。

トニー:僕自身は一番大変だった立ち上げ初期に在籍していなかったですが、日本でもSpotifyがアーティストや音楽ファンの皆さんに愛していただけるサービスになれたのは、その創立期メンバーの努力や試行錯誤があったからだと思っています。そういう積み重ねを経て、ようやくこれだ、という姿や進むべき道が今見えてきている気がしますね。海外と単純に比較してしまうと、例えば音楽ストリーミング全体の市場普及率は欧米では7~8割ぐらいなのに対して、日本は今もまだ3~4割です。時間が経てば自然に他の国のようになるということはなく、努力しないといけないと考えていますし、Spotifyがさらに努力しないと8割どころか5割もいかないと思っています。Spotifyが日本にある理由は、国内需要の拡大、海外のビジネスチャンスのきっかけを作ることの2点。それが実現できればきっとストリーミングそのものもさらに普及していくし、市場全体が大きくなればアーティストや文化にもより貢献できる。まだまだこれからで、大きな可能性に満ちていると確信しているので、楽しくやっていこうと思っています。

※1:https://spotifynewsroom.jp/2024-05-15/loudandclear2023jp/

■特設サイト
https://loudandclear.byspotify.com/

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