向井秀徳はなぜ少女を歌い続けるのか ZAZEN BOYS『らんど』が夕暮れ時の人間物語たる理由

 ZAZEN BOYSから12年ぶりのニューアルバムが届いた。12年といえば、人でいえば赤子から小学6年生にまで成長するほどの長い年月で、バンドもミュージシャンも12年もあれば方向性が変わっていくことだってよくある話だ。しかし、向井秀徳という人間は変わらず向井秀徳だった。言い足りないといわんばかりに、諸行無常は繰り返されるし、性的衝動は何度も蘇る。そして、絶えず第六感をくすぐり続ける夕焼けの赤と、夕暮れの中繰り広げられる人間ドラマ。“This is 向井秀徳”な言葉と感性が、ニューアルバム『らんど』で尖りに尖り、輝いていた。

 2018年初夏、10年間在籍したベーシスト 吉田一郎の脱退に代わり、当初ベースをやめるつもりだったというハードコアファンクバンド 385のMIYAを誘い入れたZAZEN BOYS。当時「新しい風が吹いた」(※1)と感じたという向井だが、その勢いに乗じるように、2019年にNUMBER GIRLを再結成。活動意欲が昂る激動の2年だったが、コロナ禍で描いていた理想的軌道からは反れ、風は止んだ。伝説のバンドは再び幕を下ろし、2023年には再び“ZAZEN BOYSの向井秀徳”に戻るわけだが、そこから約1年間の制作期間を経て、本作がリリースされることとなった。

 現体制になってすぐに作られたという「杉並の少年」「黄泉の国」など未音源化楽曲から、アルバム制作を始めてから生まれた楽曲までが交差する13曲には、一層強まったソウル/ファンクのエッセンスに、踊れるマイルドなビートとシンセなしの明瞭感のあるバンドサウンドが際立ち、ライブで体験するような躍動感やバンドのコミュニケーションをダイレクトに感じることができる。アルバム後半にかけては、NUMBER GIRLともリンクする、キレのあるオルタナサウンドが前面に出てくる。特に「乱土」では、Sonic Youthら往年のギターロックバンドを彷彿とさせるギター2本のユニゾンや絡み合いが主役となり、最後まで駆け抜けていく様が最高に痺れる。

 そして本作での向井のボーカルは、餅つきの合いの手のように言葉をねじ込んだり、語りに徹したり、あるいはこれまで以上にメロディアスに歌い上げたりと、まるで楽曲とバトルするようにさまざまなスタイルがあるのが実に面白い。その言葉たちはユーモアに溢れ、ウィットに富み、現実を語る。

 そもそも歌唱という形式ばったものというよりは落語の噺の方が近く、単なる“Aメロ・Bメロ・サビ”のような音楽的セオリーに倣うというよりは、前段の歌詞や意味を拾う文学的な構築であったり、ルールなしの言葉遊びが繰り返されたりといった印象が強く、それが向井ならではの流派といえる。そのため一言一句に意味を問うのは非常にナンセンスなことなのかもしれない。例えば、今作の中でも特にトリッキーな楽曲「胸焼けうどんの作り方」は、謎のレシピが語られるがそもそもうどんが入っていない。しかし、それを気にすること自体がそもそもナンセンスだ。

 では我々は『らんど』から何を見ることができるのか。“新しい風”が止んで4年。向井秀徳にしかないもの、できないものを見つめた制作期間、そして精力的に活動を続けるとともにコミュニケーションを深めた人間関係ならぬバンド関係によって、一度止んだはずの風はより鋭い風となって今作に宿る。『らんど』は第4期ZAZEN BOYSを歴史に残すとともに、令和の時代に刻む、向井秀徳の存在証明的作品だ。

「ZAZEN BOYSのニューアルバムのタイトルは『らんど』だ。乱土世界の夕焼けにとり憑かれ続けている人間の歌がここにある」(※2)

 向井によるオフィシャルコメントにそう書かれている通り、本作にはいくつもの“夕焼け”(あるいは“夕暮れ”)が登場する。「鉄風 鋭くなって」や「U-REI」をはじめ、NUMBER GIRL時代から向井秀徳といえばおなじみの表現であり、(初期のBase Ball Bearを筆頭に)多くのミュージシャンの憧れの対象となったことだろう。 

NUMBER GIRL - 鉄風 鋭くなって

 本作では福岡から上京した向井にとっての東京=“冷凍都市”が乱土世界の一部と化す中で、繰り広げられる夕暮れ物語が集約されている。部活帰りの少年の気だるげな姿に湧く愛おしさ、人がいない公園や方々で人々が別れ、帰りゆく光景の切なさや寂しさ、一軒家の換気扇から漏れる夕食の匂いから滲み出る人の暮らし、夕焼けの赤に照らされて急に湧き上がるセンチメンタルな感情、焦燥。言葉にすればやや陳腐になる情景だが、思い起こせば胸の奥の方をくすぐられる気がしないだろうか。こうした、いわゆる“懐かしい”という感情は、社会的な繋がりを感じさせ、安心感やポジティブなマインドに繋がるという。向井の衝動に刺激を受けるとともに、どこか安らぎを覚える理由はそこにあったのかもしれない。

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