『初音ミクシンフォニー』クラシックの聖地で響かせた特別な音楽 初音ミク16周年への想いを分かち合った夜
2016年の初開催以来、8年目を数える『初音ミクシンフォニー』。その東京公演が8月29日、東京・港区のサントリーホールで行われた。そのレポートをお届けしたい。
司会を務めた初音ミクのCV・藤田咲が「上質で贅沢な空間」と表現したサントリーホールでのライブ。そう、ここでのパフォーマンスは、『初音ミクシンフォニー』の中でも他会場とはまったく違う特別なものだ。クラシック音楽の奏者にとっては、まさに「聖地」。いわば“ホーム”とも言うべき場所でのライブは、演者にとっても特別なものだ。『初音ミクシンフォニー』ではおなじみの栗田博文氏による指揮も、いつもよりオーバーアクションに見えた。やはり気合いが入っているのだろう。電子的な楽曲へのアプローチというのは、クラシック音楽の奏者にとって、いわば“アウェー”に乗り込んでいくようなもの。
しかし、この公演はクラシック音楽の演奏に特化しており、電気的な楽器は一切入らない。思う存分「生楽器の音」を響かせられる。栗田氏だけでなく、奏者それぞれがリミッターを外して思い切りパフォーマンスしているように感じられた。
また、映像的な演出がまったくなく、ミクの存在を映像として映し出すこともできない。ひたすら、人力のみで奏でる生楽器オンリーによるコンサート。そういう意味では、コンピューターソフトとして生を享け、インターネットによって広まり、PCによって紡ぎ出された、いわば「電子回路の中にいる」初音ミクの存立基盤とは対極に位置するのが、サントリーホールでの『初音ミクシンフォニー』だ。
オープニング曲の「Tell Your World」(livetune(kz))は、ご存知の通りGoogle Chrome(Googleのブラウザソフト)のテレビCMソングに使われた名曲。初音ミクの名を世界にとどろかせた大きな要素である、インターネットをテーマとした楽曲から入るところが、なんとも示唆に富む。言わずもがなだが、初音ミクは実体を持たない「人ならざるもの」だ。そして、インターネットや電子回路という、オーケストラやアコースティック楽器とは真逆の位置にある存在のはずの初音ミクの曲が、電子機器が一切ない音楽空間で人間によって奏でられている。
ミクの姿がなくても、その音楽によって、会場にいる全員が彼女の存在を感じられる。「人ならざるもの」のもとに多くの人が結集し、設定年齢である「16歳」を祝う。この、考えてみれば矛盾した要素が、ごく自然な形で包み込まれて上質な音楽として昇華されている。誰も考えてもみなかったことを実現した初音ミクの独自性が、サントリーホールという特別な空間から感じられた。
2曲目に『初音ミクシンフォニー』初披露の「転生林檎」(ピノキオピー)をはさみ、今年で発表から15周年を迎えたバーチャルシンガー楽曲の名曲「悪ノシリーズ」の9曲ーー「七つの罪と罰」「ヴェノマニア公の狂気」「悪食娘コンチータ」「悪ノ娘」「悪ノ召使」「眠らせ姫からの贈り物」「円尾坂の仕立屋」「悪徳のジャッジメント」「ネメシスの銃口」ーーをオーケストラアレンジにした「悪ノ交響曲」が披露された。
独自の世界観を持つバーチャルシンガー楽曲は多いが、中でも「悪ノシリーズ」は多くのファン、クリエイターに影響を与えた。『初音ミクシンフォニー』のキービジュアルを担当するRella氏も「悪ノ召使」をきっかけにバーチャルシンガーにはまったというほど。そんな影響力のある作品群が、オーケストラによってドラマチックな組曲になっていた。さらに、サントリーホールの看板でもある、ホール正面に鎮座した5898本のパイプを使用する世界最大級のパイプオルガンもふんだんに使われ、中世ヨーロッパを思い起こす楽曲の世界観を、さらに壮大に、そして深く表現していた。
今回は交響曲仕立てになっていたが、もともとボーカル曲であることを考えれば、歌劇に仕立ててもいいような作品世界だ。司会の藤田が、会場に姿を見せていた「悪ノシリーズ」制作者のmothy_悪ノP、そしてオーケストラバージョンとして編曲した直江香世子、辻峰拓、後藤元信の3人のアレンジャーを紹介すると、観客から万雷の拍手が贈られた。
■悪ノ衣装展
悪ノシリーズ15周年を記念して東京サントリーホール公演で披露された衣装展が、横浜、神戸公演でも展示。