スピッツが届けるノスタルジーではない煌めき “二人だけの国”を飛び出し、万人に開かれた草野マサムネの言葉

 新作は3年半ぶりだという。この3年なんて世の中にとってあまりにも色々ありすぎた。だからか〈マニュアル通りにこなしてきたのに 動けなくなった心〉(「i-O(修理のうた)」)や〈勇気が誰かに利用されたり 無垢な言葉で落ち込んだり〉(「讃歌」)と疲弊した人々の傷を優しく撫でるようなフレーズが目立つ。メランコリックで温かいメロディと共に、草野マサムネの紡ぐ言葉がずっしりと届く。スピッツが描こうとする情景が鮮明に見えてくるから不思議だ。

 個人的にはその間に挟まれる「跳べ」「オバケのロックバンド」「めぐりめぐって」というロックナンバーに心奪われた。一瞬、荒削りにすら聴こえるほどの疾走感ある演奏からこぼれる喜び。田村明浩(Ba)が「音を合わせるのがとにかく楽しいと感じている4人の演奏が詰まっています」(※1)とは言ってたけれど、こんなにも音に出るものだろうか。20代の私よりもピュアで可愛くてフレッシュ。信じられない。

スピッツ「オバケのロックバンド」

 そこにはやはりノスタルジーはなく、堂々と今を楽しむ彼らの姿がある。大人が楽しそうにしてるということがこんなに嬉しいことだとは気づかなかった。ここにはもう明確な“僕”と“君”は存在しないし、二人だけの国もない。

 美しい瞬間というのは過去だけでなく現在にもあるということを、今スピッツは証明してくれている。それはコロナ禍以降続く不穏な空気の中で宿る小さな光だ。

 かつてのスピッツには“僕”と“君”と“それ以外”という隔たりがあったし、それは思わず嫉妬してしまうほどに美しかった。一方で、今の彼らの音楽にはそういう隔たりはないし、ノスタルジーもない。でもその分、見てる世界はもっともっと広く、それでいて根底には未来を信じようとする力強いポジティビティがある。相変わらずクソッタレな世の中でもスピッツの最新作をリアルタイムで聴けるならまだ捨てたもんじゃないかもしれない。それなりに疲弊している一労働者となった今、そう思う。

※1:https://music.apple.com/jp/album/himitsu-studio/1683240533

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