きくお×クリプトン佐々木渉『VRUSH UP!』シリーズ対談 多方面なカルチャーと有機的に結びついてきたボカロシーンの変遷

 2013年にCDリリースされた、特定のボカロPの楽曲を様々なクリエイターがリミックスした企画作品『VRUSH UP!』シリーズ、全8タイトルが今年4月に配信でも解禁となった。

 企画を行ったレーベル U/M/A/Aの代表取締役・弘石雅和によれば、ニコニコ動画などとはまた異なる切り口でボーカロイド音楽の魅力を届けるべく、ボカロPのみならず、当時盛り上がっていたネットレーベル出身のクエリエイターやトラックメーカーを起用してオリジナリティの高いリミックスを発信していったのが本シリーズであるという。当時、ボーカロイドを中心としたクラブイベントが始まっていたので、そういうイベントで曲が流れた後、通常のクラブでもかかることを目指していた。またタイトル・企画は、石野卓球監修のDJ MIXシリーズ「MIX-UP」をオマージュしているという。

 今回は『VRUSH UP!』シリーズでフィーチャーされているボカロP・きくおと、初音ミクの開発者であるクリプトン・フューチャー・メディアの佐々木渉による対談が実現。10年前のシーンの概況や、なかでも特に個性的な活動を展開していたきくおの在り方、そして国境や世代を超えて広がり続けるボカロを含めた音楽シーンの未来などについて、たっぷりと語り合ってもらった。(編集部)

【VRUSH UP!】-kikuo Tribute- クロスフェード

「きくおさんを通して、日本のアングラ音楽の流れを知っていく」(佐々木)

――お二人はこれまでに面識はあったのですか?

きくお:直接お話しするのは初めてなんですよね。ただ、『プロフェッショナル 仕事の流儀』(NHK総合)の出演オファーは、佐々木さんのご紹介があったというお話は聞いています。その節はありがとうございました。

佐々木渉(以下、佐々木):こちらこそありがとうございました。NHKのディレクターさんからご相談いただいた際に、ボカロやネットクリエイティブのシーンが海外にまで広がっていることを紹介するにあたり、インパクトの強いオリジナリティや特異性を持ったクリエイターさんも取り上げてもらいたい気持ちがあって、きくおさんを推薦させていただいたんです。「最近はボカロクリエイターの作った楽曲がヒットソングになる」みたいな切り口だけで紹介されてしまうと、シーン全体を切り取る形にならないので(苦笑)。

きくお:佐々木さんにはそういう形でお世話になっているのですが、最近は他社製のボーカロイド(绮萱)に浮気しているので……申し訳ないです(苦笑)。

佐々木:いえいえ(笑)。自分も聴かせていただいていますが、すごくハマっていると思います。とても綺麗で幽玄な感じがして、いちリスナーとして「こういうことができるんだ」と驚きました。「ナイフ、ナイフ、ナイフ」(2022年)での(初音)ミクの歌い回しもとても鮮烈で。我々としてもミクの新たな側面を見せていただいたようで、参考にさせていただいています。

きくお:ありがとうございます。いろいろ試してやっています。

Kikuo - 🔪、🔪、🔪 ///ナイフ、ナイフ、ナイフ///

――佐々木さんはきくおさんの音楽に対してどのような印象をお持ちなのでしょうか? 先ほど「特異性」という言葉も出ましたが。

佐々木:あくまで個人的な意見なのですが、ボカロはひとつのジャンルであり、ひとつのネットシーン/音楽ムーブメントであるなどと枠組みにはめ込むのは、ちょっと息苦しい部分もあると思うんですね。音楽というのはもっと自由で広大なものじゃないですか。声でいうと、叫び声や嗚咽のようなノイズみたいな音でも音楽表現たり得る広がりがあるなかで、きくおさんの音楽は予想が難しく、宇宙的で、アートや舞台などを含む、いろんなアンダーグラウンドカルチャーの要素が感じられて、全然ボカロシーンの内で閉じていないので、「音楽は広大」ということを思い出させてもらえるんです。僕は日本の戦前/戦後の音楽も好きで聴くのですが、きくおさんの音楽には「日本人の音楽」特有の匂いにすごく近しいものが感じられます。

きくお:ああ、なるほど。

佐々木:なので、きくおさんの音楽には「懐かしい」という感覚もあるんですよね。ボカロや初音ミクがどうこうというよりも、それ以前からの自分のいろんな音楽体験と繋がっている感覚があるので、きくおさんの音楽を聴くと安心感があります。本来、ボカロも色んなところと繋がっているものなので、別に肩肘張って語る必要はないんだよなと、きくおさんの音楽を聴いていると勝手に感じてしまいます。

きくお:いやあ、きくおのこと、めちゃめちゃ好きじゃないですか(笑)。嬉しいなあ。今のお話はまさにその通りなんですよね。あまりメインストリーム向けではない、アングラな音楽が自分のベースになっているので。

佐々木:急に世代の違うお話になってしまいますが、本日先ほど、音楽プロデューサーの村井邦彦さんとお話をする機会がありまして、上野耕路さんや天井桟敷の話題が出てきたんですね。そういった日本のアングラ音楽の流れ、そのテイストやDNAみたいなものを、今のネットで音楽を聴く若い人たちや海外の方たちは、きくおさんの音楽を通して知っている気がするんです。それこそ昔なら暗黒舞踏を通じて、日本のオリエンタルな魅力が世界に伝わっていたと思うのですが、今はきくおさんがそのきっかけになっているように感じます。

きくお:嬉しいです。ただ世界に届くようになったのはちょっと不思議なんですよね。世界に届けようとするなら、英語で歌詞を書いて洋楽っぽいサウンドを取り入れてもいいと思うのですが、おっしゃる通り、自分は音作りも日本人的だと思うんですよ。それがそのままオリエンタルな空気感として受け入れられるのが不思議です。「日本人が作る音楽」というものをそのまま推していった方が、むしろ海外の方には魅力的に映る気がしていて。

佐々木:自分たちのルーツや祖先から連なっている空気がちゃんと伝わっている感じがしますよね。ジブリ作品が世界で受け入れられている理由もそこにあると思うのですが、きくおさんの世界観も世界中のいろんな人に求められていて、見つけた人が「これだ!」と騒いでいるような気がしていて。日本のカルチャーがこういうふうに世界に伝わってほしいし、残っていってほしいと思いながら、きくおさんの活躍を見ています。

――ここからは『VRUSH UP!』シリーズに焦点を当ててお話を伺います。『VRUSH UP! #06 -Kikuo Tribute-』がリリースされたのは2013年5月のことですが、まずは当時のきくおさんの状況、ボカロシーンのなかでどのように活動されていたのかを教えてください。

きくお:当然のことながらその当時は「ボーカロイドで食べていく」という発想は全然なかったので、基本的には請負い仕事をやりながらボカロで楽曲を制作している状況だったのですが、ボカロの同人作品を出すたびに売り上げも上がり調子だったので、「ボカロの楽曲をたくさん作るのがいいのかな?」と考えていた時期でした。シーン全体としては、たぶんボーカロイド衰退論と言いますか、「ボカロのブームはもう終わる」ということがまことしやかにささやかれていた時期だったと思うんですよね。なので自分は独自路線を突き詰めていって、「こういう楽曲はきくおじゃないと作れない」みたいに重宝される存在になりたいなと思っていました。メインストリームで大変そうにしている人たちを横目で見ながら、ガラパゴス諸島で生活している人、みたいな(笑)。

livetune feat. 初音ミク 『Tell Your World』Music Video

――佐々木さんは2013年当時のシーンの動きをウォッチされていたと思いますが、そのなかできくおさんの動きについてどのように感じていましたか?

佐々木:「千本桜」(黒うさP)が2011年、「Tell Your World」(livetune)が2012年に発表された流れや、セガさんの3DCGのライブが話題になった流れで、いわゆる音楽レーベルや広告代理店からのボカロの需要が押し上がってピークに達していた一方、いわゆるUGC(ユーザー生成コンテンツ)もニコニコ動画さんのなかで多様性を極めて、クリエイターさんたちも盛り上がっていた時期だったと記憶しています。そのなかで、例えば物語的なシリーズを考案して音楽だけでなく小説でも展開を行う動きが人気を集めていましたが、そことは距離を置いて内省的に独自路線で進んでいる人が、きくおさんやピノキオピーさん、sasakure.UKさんたちだったように認識しています。そういったご自身のキャラクターをもってマイペースに作品を投稿し続けている人がいるなかで、例えばナユタン星人さんのようなキャラクターの方も登場して、アプローチがさらに多様化していったと思うんですね。ご自身のなかに世界があって、リスナーはその作品のなかに引きこもって1人で聴ける感覚というか、みんなで共有して弾幕で盛り上がるだけではないユニークな価値観の進化が、自分にとっては新しいなと感じ、興味深く拝見してました。

きくお:素晴らしいですね。超サブカル側の意見じゃないですか(笑)。

[Official HQ] Kikuo - てんしょう しょうてんしょう "Ten Sho Sho Ten Sho"

佐々木:自分の趣味がバレるだけの意見でしたね(笑)。当時のきくおさんの楽曲で言うと、「ごめんね ごめんね」(2011年)とか一連の話題作をよく聴いていたのですが、なかでも「てんしょう しょうてんしょう」(2012年)が好きなんですね。あの楽曲では当時のダブステップやベースミュージックの要素を取り入れていたと思うのですが、『VRUSH UP!』シリーズでもきくおさんの作品は、リミキサーの人選がいわゆるボカロ外のカルチャーの方が多かったので、当時からボカロの外側の潮流との接合を考えながら活動されていたのですか?

きくお:リミキサーの人選に関しては、自分は関与していなくて、『VRUSH UP!』シリーズをコーディネートしてくださったU/M/A/Aの方の功績ですね。参加してもらったリミキサーで言うと、ATOLSさんとwhooさんはプライベートでも会うくらい仲が良かったのですが、他の方はまったく繋がりがなかったので。

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