きくお×クリプトン佐々木渉『VRUSH UP!』シリーズ対談 多方面なカルチャーと有機的に結びついてきたボカロシーンの変遷
「支援や温かみがあったから、10年失速することなく活動できた」(きくお)
――では、きくおさんは当時、作品を聴いてどのように感じたのでしょうか。
きくお:やっぱり僕の曲のリミックスは難しいんだろうなと思いました(笑)。みなさん苦戦されている印象があって。でも、みなさんの音楽はそもそも好きで聴いていたので、すごく嬉しかったです。個人的な好みで言うなら、Kettelさんの「月の妖怪 (Kettel Tsfreh Remix)」が飛び抜けて好きですね。音が素晴らしいのひと言で、イントロから音が盛り上がっていくところで入るシンバルの音域の広さに撃ち抜かれる感じがありますし、とにかくドラムの音が気持ちいいんですよ。あとは「月の妖怪」からのサンプルを使ってくれつつも、全体の展開をダイナミックに作ってくれていて。盛り上がるところと静かになるところのメリハリがあって、丁寧かつ繊細に大きな波を作ってくれているので、これは格が違うなと思って感動しました。
――このなかで唯一の海外からの参加アーティストという点でも、当時注目を集めたように記憶しています。他の方々のリミックスについてはいかがですか?
きくお:DUB-Russellさんの「物をぱらぱら壊す (DUB-Russell mi(*L_*)x Remix)」も大好きですし、Hercelotさんももともと好きで、おもちゃっぽいガチャガチャした音を作るのが得意な方なので、自分の楽曲と親和性があるなと思いました。あとはSEKITOVAさんも好きで聴いていましたし、ATOLSさんとwhooさんは交流があったので「おお、頑張ってくれた!」と思いましたね。
――佐々木さんは今この作品を聴いてどんな印象を抱きましたか?
佐々木:まずリミックスはいわゆるダンスミュージックの文脈で行われることが多くて、引き算されたミニマルなビートの上に小ネタのサンプルを乗せて引き延ばすような要素が強いと思うのですが、きくおさんの音楽は音数が多く、歌詞の情報力も多ければ密度も高くて展開も多いので、リミックスするのは相当大変だと思うんですね。今となっては、若いリスナーもミニマルなダンスミュージックの平坦さとは逆のダイナミックさ、歌も乗って展開もたくさんある音楽に馴染んでいて。5年後、10年後には、より進化したドラマティックに展開する音楽が、日本からどんどん発信されていくようになると思うんです。『VRUSH UP!』シリーズはその前日譚みたいな印象で、特に『VRUSH UP! #06 -Kikuo Tribute-』にはその格闘の跡が表れているように感じます。あくまで自分はきくおさんのオリジナルの方が好きではあるのですが(笑)、「オリジナルのもうひとつの味わい方」みたいな印象もあるので、これが各アーティストさんときくおさんの共作という形だったらまた違うものが生まれたんだろうな、という妄想も広がりますね。
きくお:なるほど。共作という発想はなかったですね。自分は基本的に、家で音楽を作って、それをインターネット上にアップして、あとは食べて寝て終わり、っていう感じなので、なかなか(他アーティストとの)縁が広がらないんですよね(笑)。こういう機会があると共作の発想も生まれそうなので嬉しいですね。
――もし今、同様のリミックス企画を行うとすれば、きくおさんはどんな人を起用してみたいですか?
きくお:まずはOMOCATさんかな。あとはトビー・フォックスさん、bo enさんとか、単純に自分が好きなアーティストという人選になっちゃいますけど。逆に誰かいますかね?
佐々木:リミックスとなると、きくおさんの音楽が濃すぎるので責任が持てない感じはありますけど(笑)、例えば特殊な演奏家の方とコラボレーションしたり、生ストリングスや現代音楽的な方とのセッションがあれば、観てみたい気はしますね。声の奏者だとメレディス・モンクとのセッションとか。
きくお:それはいいアイデアですね。児童合唱団とか。あと最近おもしろいなと思ったのは、「STUDY WITH MIKU」というボカロ曲をローファイヒップホップにアレンジした企画。そのなかで自分の「ごめんね ごめんね」も取り上げてくれていて、しかも一番よく聴かれているみたいなのですが、それが素晴らしいリミックスだったんですよ。それで最近、きくお曲のローファイヒップホップリミックスに可能性を感じて、自分でもそういう企画を進めていたのですが、途中で頓挫してしまって。でもまたやってみたいなって密かに思っています。
――ちなみに、きくおさんもwhooさんのリミックス盤『VRUSH UP! #05 -whoo Tribute-』に「虹(Kikuo Rainbow Remix)」を提供していましたが、リミックス自体のおもしろさ、クリエイティブ面でやりがいを感じる部分も聞いてみたいです。
きくお:それで言うと、単純にwhooさんの作る音楽が大好きで、「虹」も大好きだったので、「原曲よりも良い!」と言われるように頑張って作りました。完成したあと、whooさんを自分の家に呼んで、目の前でその音源を聴いてもらったんですよ。そしたらwhooさんが感動してくれたので、作って良かったなと思いましたね。あと最近だと「My Time」という、「OMORI」というゲームの楽曲のリミックスというかカバーを作って(YouTubeに)アップしたんですけど、それも「これをカバーしたらおもしろいだろうな」っていう気持ちで作ったんですよね。でもそう思えることはほぼなくて。自分がリミックスしたことがあるのは、その2曲と、あとは「メトロポリタン美術館」(大貫妙子)くらいなので。もともと二次創作に対する欲求が薄いんだと思います。
――『VRUSH UP!』シリーズから10年が経ったなか、その間のボカロシーンの移り変わりについての所感をお二人にお伺いしたいです。
佐々木:僕は10年という時間軸がまっすぐ未来に向かって紡がれているというよりは、ボカロシーンの喧騒から少し距離を置いて、もう少し自分を見つめ直すような動きが増えているように思います。個々のクリエイターさんの独特の匂いとか、癖感とか、個性が大事になってきていると思います。我々がやっているのは、いわゆる大手の音楽レーベルが売り出している通常のポップスの流れとは違うところにあるわけですが、その良さが若い方に継承され続けている感覚もありますし、10年経っても個性的な作家さんの個性的な作品を聴き続けていられているので、いい時代だなと感じます。
きくお:おもしろいですね。自分の目線でこれまでのお話をすると、どこか知らないところで支援されているような感覚がすごく強いんですよ。何かしらの縁や口コミで自分の楽曲が広がっているようなんですけど、具体的な動きは自分には見えてこなくて。ただそういう何かしらの支援や人の温かみがあったから、この10年、失速することなく活動し続けることができたんです。それは海外からの反応に関してもそうで、なぜ自分の音楽が海外で聴かれているのか、誰に聞いてもわからないし、結局、口コミとしか言いようがないんですよ。もちろん自分がBandcampやSpotifyでいち早く配信していたり、ファンの方が字幕を用意してくれたりと、海外のユーザーに対してフレンドリーだった部分もあるんですけど、やっぱり基本は口コミなんですよね。最近も「しかばねの踊り」(2013年)という10年前の曲が急にバズり始めているんですけど、その起点が誰だったのかは見えない状態で。
――それはおもしろい現象ですね。
きくお:それと、ここ1~2年、子供の頃から自分の楽曲を聴いていたという人が作り手側になっていたりして、インターネット音楽だけを聴き続けて育った作家の存在が当たり前になってきたことを実感しますね。物心ついたときからボカロ曲があって、純粋にボカロ曲が好きだからボカロ曲を作る。そういう目線の人たちがどんどん出てきていて、きっとそれがシーンどころか音楽全体を変えていくんだろうなってすごく感じますね。みんな作る楽曲のクオリティも高いしすごく個性的なんですよ。ほかのメディアでも何度か紹介していますけど、フロクロ(Frog96)さんという方がおもしろくて、自分もDiscordとかで技術交換的なやり取りをしています。あとは「超ボカニコ」の楽屋でいよわさんと挨拶したり。そういう繋がりが生まれたりしていますね。