當山みれい、リスナーの孤独に寄り添う「Lonely in Tokyo」日本語版リリースの背景 MIREIとしての活動から得たものも

 當山みれいが、MIREI名義で海外リリースしていた「Lonely in Tokyo」の日本語バージョンを含むEP『Lonely in Tokyo EP (JPN)』を配信開始した。これまで日本でリリースし、人気を得てきた楽曲は恋愛がテーマになっているものが多かった當山みれいだが、「Lonely in Tokyo」はセクハラやパワハラといった社会的問題を意識した楽曲に。日本語バージョンはそうしたテーマは共通しながら、コロナ禍を経た現在の情勢を踏まえた歌詞に更新されている。同楽曲を軸に彼女が今抱える問題意識、これからのMIREIとしての活動や“孤独”への想いなどをじっくりと聞いた。(編集部)

海外では“新しいことを知りたい”といった好奇心から聴いてくれる人も多かった

ーー最初に、「Lonely in Tokyo」という曲が出来た背景を教えてください。2020年にまずは英語詞で、MIREIとして歌い、欧米でリリースしたのはなぜですか?

當山みれい(以下、當山):私は高校1年の時にデビューさせてもらったんですけど、多くのファンの方にライブなどに来ていただけるようになればなるほど、みんなの思いに応えたい、日本でみんなに聴いてもらえる音楽を届けていきたい、という気持ちが強くなっていって。ただそうなると、自分自身がもともとやりたいと思っていた音楽を歌う機会が、どんどん減ってきていたんです。それでバランスを取るために、最初は遊び感覚で始めたのがローマ字のMIREIというプロジェクトでした。

ーー當山みれいと、MIREIは別物として始めたのですね。

當山:そうなんです。それで英語で歌うとなった時、海外の人たちにとっては日本人って少数派だと思うので、日本人女性として何を伝えるべきか考えたんですね。そんな時に自分の周りでもちょうど、セクハラやパワハラの問題が起こり始めていて。プライベートでも自分の身体的な魅力を使って何かしようとする考え方があたりまえになっている子たちを見て、これはマズイと思って。ただそれを急に、當山みれいとして歌ったら、みんなびっくりしちゃうだろうと。それならMIREIとして歌うべきテーマはこれだと思い、できた曲が「Lonely in Tokyo」なんです。

ーーこのテーマで歌いたい、という思いが強くあったのですね。2020年に英語詞のアルバム『Take Me Away』も、海外だけでリリースしていますね。

當山:収録曲の歌詞を訳してもらうとわかるんですけど、私が當山みれいとして歌ってきた曲とは、全く違う恋愛観などを歌っているんです。でも基本的なスタンスは実は変わらなくて、當山みれいもMIREIも、自分の体験をこと細かに語っていたり、自分の恋愛観をストレートに表現しているわけではなくて。歌っているのはまた別のイメージだったり、かなり理想論なんです。それが日本だとすごくかわいらしいイメージというか、パートナーに寄り添うといった理想形を『Answer』以降の曲では書いていたんですけど。そういった曲に出てくる女の子たちの、従順で、ちっちゃくてかわいくて、みたいなところに飽き飽きしていた私もいた。私は堪忍袋の緒が切れて、関西弁でキレちゃうときがあるんですけど、そういう時の人格をMIREIとして曲にするのがすごく楽しくて、気づいたらアルバムができていましたね。

ーー『Take Me Away』は全て英語で歌っていますが、もともとはどういった音楽を聴いてシンガーになりたいと思ったのですか?

當山:ブリトニー・スピアーズなどから始まって、幼少期に聴いていたUSのヒット曲ですね。ダンスを始めたのは幼稚園の年長で、リアーナの曲などで踊っていました。そのうちに「歌いたい」となり、ダンスも歌も学べるスクールに転校したんです。母はすごくマライア・キャリーが好きで、私がお腹の中にいる時もずっと聴いていたそうです。1998年に行われた『VH1 Divas Live』という、マライアやアレサ・フランクリン、セリーヌ・ディオンなどが出た伝説のライブがあるんですけど、そのカセットテープが父から母への誕生日プレゼントだったことがあり、それをずっと胎教のように聴いていたと母が言っていました。

ーー今、気になるシンガーは誰ですか?

當山:ピンクパンサレスですね。今の女の子の悩みなどをすごくきれいに歌うんですけど、いわゆるZ世代的な表現をしていて。トラックもすごくおしゃれで。もうすぐ『バービー』の映画が公開されますけど、あのサウンドトラックに入っている人たちはみんな大好きです。チャーリーXCXとかも大好きで、彼女の作るハイパーポップも好きだから、「Lonely in Tokyo」のPhonk Remixを作ったんです。

ーーMIREIとしての曲は、YouTubeなどでは英語やポルトガル語などのコメントも多くついています。海外リリースしてみての手応えや、感じたことを教えてください。

當山:日本は、歌詞に共感したくて音楽を聴いている人が多いと思うんですね。だけど海外では、共感も大事だけれど、特に私みたいな多数派とは違うバックグラウンドのアーティストが歌う曲だと、新しいことを知りたいといった好奇心から聴いてくれる人も多くて。それと、歌い手の立場になって考えてくれる人も多いですね。「MIREIがセクハラといった問題に声を上げているのは素敵だ、支持するよ」といったコメントもありましたけど、「あなたの曲、いっぱい聴くね」ではなくて、「あなたを支持する」と言ってくれる人が多いんです。それはあまり日本では聞くことがない言葉だから、新鮮だったし、ひとりじゃないんだなって思わせてくれる反響でした。

ーー反響の形も、海外はやっぱり違うんですね。

當山:はい。当時、#MeTooというハッシュタグを用いたムーブメントが広まって、世界的にセクハラについての問題意識がすごく高まっていたんです。そのタイミングで「Lonely in Tokyo」を出せたので、海外での反響は大きかった。伊藤詩織さんの(性的暴行)事件などは、海外ではすごく注目されているけど、日本ではまだまだ理解が足りないと思います。駄目なものは駄目だということ。その意識が最近やっと高まってきていると思うんですね。

「コロナ禍が来たら、みんな孤独なんだってことがはっきりした」

ーーそれで今回このタイミングで、日本語詞をつけて、日本のリスナーに向けて「Lonely in Tokyo」をあらためてリリースしたのですね。

當山:MIREIとして海外でも活動してるんだよって、日本のファンに知ってもらいたかったというのもあるんですけど。セクハラ、パワハラの問題は若いみんなが夢を持って何かに立ち向かったときに、ひとりでどうにかできる問題じゃないと思うんです。日本は30年ぐらい平均賃金が変わってなくて、どんどん貧しい国になっているけれど、それを認識していないからみんな無理しちゃってると思う。例えばアイドルがグッチのハンドバッグを持っていて、それを見た日本のファンの子が、同じものを欲しいってなった時に、最低時給が1,000円ちょっとでは到底買えないですよね。そうした時に、手っ取り早い方法として、その子がものすごく危ないところに手を出すのって、個々の問題じゃないと思うんです。日本の社会構造全体の問題ですよね。その子の認識が甘いとか、家庭環境が悪いとか、そういうことだけではないと思う。もっともっと広い目で問題を見ないと。

MIREI - Lonely in Tokyo

ーー「Lonely in Tokyo」は、英語詞と日本語詞ではテーマは同じでも、具体的なトピックなどは違う事柄を描いています。やはり海外と日本では作詞は違ってきますか?

當山:英語詞のバージョンは2020年の初め、コロナ禍の前に書いたものなんです。この3年間で、日本を取り巻く情勢はすごく変わったと思いますし、女の子、男の子の格差みたいなものがどんどん広がってしまったとも思うんです。コロナ禍で一時期は新宿や渋谷なんて怖くて行けなかった。ぐっと治安が悪くなっちゃったっていうのが正直な思いで。自己責任ってことが強調されて、個人プレーになり、いろんなことが分断されてしまった。そうして生まれた孤独が、すごく広がった3年間だと思うんです。英語詞の方は、苦しかったり楽しかったりいろいろありますけど、あの頃はまだそういう気持ちを共有できていたんですよね。しかも私は、芸能界がシビアなだけだと思っていた。けれどコロナ禍が来たら、みんな孤独なんだってことがはっきりして。たった3年で、認識とか考えとかこんなにアップデートされるんだって、正直自分も驚くぐらいで。だから新鮮な気持ちで、あらためて日本語詞が書けたんです。

當山みれい / Lonely in Tokyo (Japanese ver.) Official MV

ーー「Lonely in Tokyo」の日本語バージョンはMVもシリアスな描き方で、日本のファンに受け入れられるかという不安もあったと思うのですが。

當山:めちゃくちゃ不安でしたね。私はこの3年間でものすごく変化したし、自分ではすごく前進したなというか、大人になるとはこういうことか、といったこともたくさん経験して。みなさんが私のことを知ってくれるきっかけになった2018年~2020年ごろの作品と、今の私とでは距離がだいぶ広がっている気がしたんです。その距離を自分の曲でも、どんどん縮めてきていたつもりでしたけど、「Lonely in Tokyo」はもともとMIREIの曲だし、「當山みれい」との距離をどこまで近づけていけばいいんだろうって考えていて。でももう、包み隠さずにいこうと思ったんです。

ーーそのままの自分を表現していこうと。

當山:私、可愛げがある方じゃないんですね。うまく甘えられないし、自分のことを表現したり、ネガティブな感情との付き合い方も苦手だし。もしもファンのみんながそういった私の性格に共感してくれたとしても、それはそれで複雑という気持ちもあって、ずっと葛藤がありました。でももう、可愛げのないところも、出そうと思って。私が歌を届けたい人って、生きるのがちょっと下手で、でもめちゃくちゃ頑張っていて、それでも深く話せる相手がいないから音楽を聴いてる、みたいな人だから。私がそういう人だったから、そういう子に歌を届けたいなと思ったときに、自分がまず正直じゃないといけないと思ったんです。

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