早見沙織、2021年に掲げた活動テーマによって広がる音楽創作の幅 3rdアルバム『白と花束』制作の前日譚
「Abyss」は2021年からの活動テーマの集大成
ーーそして、5月3日に早見さんがご自身で作詞・作曲を手掛けた先行シングル「Abyss」がリリースされました。アルバムの2曲目としては結構重めな楽曲で、後ろに入れることを想定して作ったのではと思ったのですが。
早見:想定して作ったわけではないのですが、全曲が出揃って並べた段階では「最後のほうに持っていこうかなぁ」と考えていました。ただ、今回のアルバムは2021年からの活動テーマ(「孤独や生きづらさを感じる人の心に寄り添い、光となる音楽を届ける」)における集大成のようなものを作ろうと思っていたなかで、この曲がその軸になり得るのではないかと思ったんです。
アルバムのタイトルの話になるのですが、『白と花束』の「白」は「光の集合体」というイメージなんです。「さまざまな色の光が混ざると、最終的には白になっていく」というイメージ。あと、咲いている、もしくは枯れている“花”だけでなく、そこから生まれる種子や綿毛など、その全てを一つに束ねていくようなキーワードとして「花束」という言葉を選びました。活動テーマを掲げて制作していくなかで、「光」という言葉を意図的に多く使ってきたこともあり、今回の「Abyss」はそれと対を成すものとして「闇」の要素を意識しながら作りました。1曲目の「Ordinary」とこの曲が連続していることで、アルバムの世界観をしっかりと演出することができたと思います。
ーーこれまで早見さんは鍵盤で曲先という作り方をしてきていましたが、「Abyss」はファーストインプレッションとして「ギターでの弾き語りっぽい作り方」をしているというか……曲と詞が一体となっているように感じました。
早見:順序でいうと曲先ですが、作り方はたしかに特殊でした。普段はピアノを軸に作らせてもらうことが多いんですけど、「ピアノじゃない楽器だからこそ生まれる楽曲はあるんじゃないか」と思うこともあって。とはいえ私はギターが弾けないので、その音色を聴くことで生まれるものがあるのではと考えて、ギターの音を鳴らしながら曲作りをしてみたら、この曲の種になるようなものができたんです。そこから弦の要素も欲しいなと思い、細やかですが間奏のところにフレーズを入れてみたり……あと、色んなコーラスが重なった雰囲気も欲しくなって、ハモリやハミングのようなフレーズを重ねました。今振り返ると、たしかにギターの音色はキーになっているかもしれません。
最終的には渡辺拓也さんの素晴らしいアレンジが加わって、より後半に向かっての迫力が出てきました。音の洪水のように色んな音が渦巻く様子は、アレンジ段階で足していただいたものです。
ーー構成はAメロ→Bメロ→サビと文面にしてみればシンプルではあるものの、Bメロにあたる部分がかなり短く作られていたのが、どこまで意識してのものなのか気になりました。
早見:一番のサビに行くまでの時間をあまり長くせず、そのぶんサビはしっかりとした強度のあるものを作る、というのはチームの共通認識としてありました。まずは何も考えずに勢いにまかせて作ったあとに、チーム内で議論して少し短くして。その後、Dメロにあたる部分は逆に短すぎるから倍にしようという話になり、全体の構成が確定していった、という流れです。
ーー歌詞に関しては、光と対になる闇の要素を入れていったということですが、その「闇」というのはある種の「救いのなさ」とも取れるのかなと思いました。実際にはどのように書き進めていったのでしょう。
早見:渡辺さんのアレンジを聴いた時に浮かんだのは、水や海のようなイメージでした。これまでの楽曲では展開として一度落ちても救いがある、光があるような方向性で作っていたのを、あえて喪失感を味わったままにする、それを経てどう生きていくのかを想起させる曲にしようと。その喪失というのはひとつの状況に限定するわけではなく、大切な人やものを失ってしまったり、過去の自分との別れ、世界の情勢の変化や災害に対しての感情であったり、聴いていただく方の状況に合わせて変わるものだとは思うのですが、共通して言えることとして、喪失感を味わうときはたったひとつの感情だけではなく、複雑な思いが混ざり合っているものなのかなと。
ーー決して一言で表せるようなシンプルなものではない、と。
早見:はい。「寂しい」や「悲しい」と括ってしまえばそれまでですが、「前を向かず、過ぎ去ったあたたかい思い出にただ浸っていたい」、「戻りたくても戻ることができない葛藤」、そういった色んな思いが感情にはあると思うんです。無理矢理にでも光のほうに、水面に上がって行こうとするのではなく、そういうものを抱えたまま、一度は深淵まで沈んでいって、思考するのもいいのではないかと。深く沈んだとしても、水面が光っているのがわかるなら決して真っ暗ではないと思うんです。曲の中に〈戻れないなら 壊していいよ〉とあるように、自分から光の方へと上がっていくこともできるけど、いまは何かに包まれて深く潜っていく、という感覚です。