連載『lit!』第46回:JPEGMAFIA & Danny Brown、Navy Blue、Hit-Boy……内省的なヒップホップが体現する“今を生きる感性”
近年、個人と世界の向き合い方に、より思いを馳せるようになった。特にここ数年のパンデミック禍の社会では、深く自分の世界に入り込み、内省を表現する作品に、今まで以上に社会的な意味が付与されるようになり、世界の状況と個の精神の関係性を、今一度多くの人が立ち止まって考えていたと言えるだろう。
その中で、その関係性を表現に昇華させる方法は多様である。己の不安や恐れ、スタンスを正直に綴る者、世の中の外的な要因に対し敏感になる者。少なくともそれらの作品が、「今」を意識的に、言葉として、そして音として捉えていることは明白である。
今回の「lit!」では、そんな感覚を孕んだ海外の新作アルバムを5枚紹介する。
JPEGMAFIA & Danny Brown『SCARING THE HOES』
マナーや定型などお構いなしという奴らがいる。ニューヨーク出身のラッパー JPEGMAFIAとデトロイト出身のラッパー ダニー・ブラウンという異才2人によるコラボレーションは、リリース前からリスナーの期待を煽っていたが、本作はそれを裏切ることなく、全方位に尖った作品となっている。話題にもなった日本の地方CMの音声から、マイケル・ジャクソンに至るまで、濃密かつ暴力的に散りばめられたサンプリング、ラップにおける声の瞬発性を大いに利用し、息つく間を与えないようなスピード感。その様はまさにハイコンテクスト、ハイテンションと言える。ほとんどの曲において、細かく様々な声たちが重ねられる中で、苛烈ながらも多様なサウンド、トラックは、一度では消化しきれないような情報量を与え、カオティックな空間を作り出す。
また、リアルタイムの社会をダークに批評しながら、1曲目「Lean Beef Patty」におけるイーロン・マスクへの言及を筆頭に、その矛先は実に具体的で、それぞれの「今」に対する考えと感覚がストレートにパッケージされている作品とも言えるだろう。2人による過激なユーモアと独特の視点が、瞬発的に現れては退場していく様々な音の中で流れていく。世界が粗悪品に溢れていること、喧騒が収まらないことを作品は捉える。まさに流動的で混沌とした現在の世界に相応しい1枚といえるだろう。曲ごとにフロウの変化を見せる2人のラップのキレと器用さも聴きどころである。
Navy Blue『Ways of Knowing』
一方でカリフォルニア出身のラッパー Navy Blueによるメジャーデビュー作『Ways of Knowing』は、抑制され、リラックスしたムードで構築されている。アンビエントやR&B、またはゴスペルなど、サウンドとして多様な音楽ジャンルがNavy Blueのラップを乗せ、静かながらも豊穣な印象をアルバムに与えている。軽やかかつ催眠的なサウンドループは全体に滑らかさを与え、心地よさとディープな感触を放つ。
ジャケットからも想像できる通り、自らの家族や内省に迫るパーソナルな作品であることも特徴的だ。父、母、祖父など、家族を登場させ、時には彼らが視点人物に立ち、Navy Blueを不安や恐れから解放するように導くストーリーが展開される。理不尽な社会、世界への憤りをちらつかせながら、ナーバスな彼の内省的な旅は、他者との関わりを通して、開放的な着地を見せる。色彩豊かな本作は、現代における1人の人間の希望的なドラマを提示していると言えるだろう。
Hit-Boy『SURF OR DROWN』
カリフォルニア出身のプロデューサー Hit-Boyの待望の新作は、豪華なゲスト陣を迎えた濃厚なヒップホップアルバムだ。極太なビートが響く中、4曲目「CORSA」や10曲目「MTR」、またメロディアスな7曲目「NU.WAV」など、まるで暗闇の中で反響しているように、全体のサウンドが密閉空間を構築している感触を携えているのが特色だろう。ジャケット写真で印象的な、ダークでブルーな色をそのまま再現したような音にも聴こえる。全体的にはどこかローなテンションがあり、幻惑的にすら聴こえる瞬間がある、感情豊かな1作。
また、The Alchemistとの共作である8曲目「Slipping Into Darkness」は、酩酊的なビートとラップに溺れさせるような、強力な曲に仕上がっているが、その中でHit-Boy自らが披露するラップは、業界やコミュニティにおける自身のポジションとスタンス、吸い込まれそうな暗闇を常に意識しながらその関係性を示すような内容になっている。全体のムードも含め、この作品もまた内省色の強い作品であると言えるだろう。