連載『lit!』第46回:JPEGMAFIA & Danny Brown、Navy Blue、Hit-Boy……内省的なヒップホップが体現する“今を生きる感性”

Rae Sremmurd『Sremm 4 Life』

 先日のコーチェラ(『Coachella Valley Music and Arts Festival』)でもパフォーマンスを披露した、Slim JxmmiとSwae Leeによるヒップホップグループ Rae Sremmurdの新作も興味深い作品である。サウンドとしてはトラップをベースに、オーセンティックなハウスに接続する瞬間や、苛烈でありながら浮遊感のあるシンセを強調するレイジミュージックに接続する瞬間まで用意し、一定のムードを保ちながら、耳を飽きさせないヒップホップアルバムに仕上がっている。

 パーティミュージックとしてポテンシャルを携える8曲目「Flaunt It/Cheap」や9曲目「Sexy」から、メロディアスでエモーショナルな4曲目「Not So Bad (Leans Gone Cold)」など、楽曲単位で様々な表情を見せる本作だが、陽気な曲から感傷的な曲にまで、一貫して歌詞に不安や混乱が宿っていることも指摘しておくべきだろう。特に、最終曲「ADHD Anthem (2 Many Emotions)」は、鮮烈なレイジビートを放ちながら、歌唱とも言えるようなメロディアスなフロウでエモラップの香りを漂わせているが、同時進行で様々なことが起こる流動的な世界と、精神の混乱を歌に昇華させた楽曲でもある。忙しなく、時に即物的で、時に感傷に浸る『Sremm 4 Life』は、2人による柔軟なフロウとサウンドによって、楽観でも悲観でもない感情と、今を生きることの複雑さ、そして混乱を示しているようである。

Rae Sremmurd - ADHD Anthem (2 Many Emotions) [Official Audio]

Daniel Caesar『NEVER ENOUGH』

 カナダ出身のシンガー ダニエル・シーザーの新作は、抑制の効いたムードで、忙しないこの世界から逸脱を図っているようにも聴こえるR&B作品である。全編を貫く内省的な感触は、どこか心細さと温かみのあるボーカルとウェルメイドなメロディによって醸成され、この作品の絶妙な温度感を保つ。アルバム全体が、まさに音楽作品として落ち着きを見せ、孤独に向き合う主題に寄り添い、忙しない社会から一旦距離を置きながら内省世界に浸っているような、そんなムードを醸している。過去のリレーションシップについて回想する6曲目「Always」や12曲目「Homiesexual (with Ty Dolla $ign)」など、パートナーをはじめとした、大切な人の喪失感も重要なテーマになっており、自らの人間関係や感情と内省的に向き合っている様が見られる。

 一方で、そんなムードとは裏腹に、パートナーシップの破綻の悪夢的な末路が綴られる10曲目「Shot My Baby」は、彼が見る悪夢、つまり不安をそのまま綴ったような内容で、自らのトキシックで感情的な側面を戒めるように配置された、異色作である。Musutafaやserpentwithfeet、オマー・アポロやTy Dolla $ignなど、豪華な客演陣と共に絶妙なアンサンブルを見せる。ちなみにデラックスバージョンにはサマー・ウォーカーとリック・ロスがそれぞれ「Always (feat. Summer Walker)」と「Valentina (feat. Rick Ross)」に参加。楽曲にまた違った味わいを付与している。

Daniel Caesar - Shot My Baby (Official Lyric Video)

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