佐藤千亜妃、宇多田ヒカルのサンプリングが誘う時間旅行 米津玄師らも取り入れる90~00年代J-POP再解釈のタイムマシーン的効果

佐藤千亜妃、なぜ宇多田ヒカル サンプリング?

 佐藤千亜妃が新作EP『TIME LEAP』をリリースした。タイトル通り“時間の跳躍”をテーマに制作された本作は、彼女が日頃から影響を公言している宇多田ヒカルの楽曲から「Automatic」をサンプリングした「タイムマシーン」が話題となっている。また、2曲でアレンジャーにChaki Zuluが起用されているというのも、現在の視点から過去をまなざし再構築していくようなヒップホップ的アプローチをできるだけ取り入れていきたいというアーティストの思惑が表れているように見える。実際、今作はバンドサウンドというよりはビートミュージック主体の構成になっており、時間旅行に身をゆだねる佐藤千亜妃のコンセプチュアルな姿勢が、ポップなリズムで表現されている。

 一方でもう少し俯瞰してこの取り組みを捉えてみると、Y2K文脈のリサイクルが手法として完全に定着し、Everything is emoと呼ばれるくらいにあらゆる音楽が懐かしさという感情へ接続する回路を重要視している今、『TIME LEAP』もそのような潮流の一つに位置づけられる作品であることは間違いないだろう。実際、直近でもたとえば米津玄師が「KICK BACK」でモーニング娘。の「そうだ!We're ALIVE」をサンプリングしていた通り、90年代~00年代の文化を捉え直し再解釈していく温故知新としての態度は、有効な手段として一層の大衆的な了解を得つつある。

 けれども、「Y2Kリバイバル」といった文句を判で押したように濫用することは、作品に込められたコンセプトの理解やその表現のために駆使された緻密な細工を、時に矮小化させてしまう。キャッチーなラベリングは情報流通と輪郭の鮮明化のために必要なものではあるが、本当に大切なのは輪郭ではなくそれによって浮き彫りになった中心そのものである。その点、佐藤千亜妃の本作『TIME LEAP』は、ここで試されているアプローチが決して単なる流行り仕草でないことを証明するに格好の内容だ。

佐藤千亜妃 - タイムマシーン(Music Video)

 佐藤がなぜ「Automatic」をサンプリングしているかーーまずはその地点から議論を進めていくために、宇多田ヒカルのリリックを参照したい。冒頭のラインに〈七回目のベルで/受話器をとった君〉とあった通り、「Automatic」は固定電話を前提としたシチュエーションを描くことで時代性を孕んでいた。また、〈アクセスしてみると/映るcomputer screenの中/チカチカしてる文字/手をあててみると/I feel so warm〉というラインからは、恋愛対象の温もりが〈computer screen〉といったIT機器上に表現された異なる無形物を伝って感知されるという、いわゆる現代におけるアバターSNSのような近未来感覚が描写されてもいた。つまり「Automatic」は、“1990年代のJ-POPヒット曲”という楽曲それ自体が置かれた記号的意味に留まらず、歌詞の面においても時代性と近未来的な視点をもちあわせていた、極めて“タイムマシーン的な”楽曲だったといえる。今回『TIME LEAP』というテーマを掲げサンプリングするには、格好のコンテクストを有しているのだ。

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