グラミーに魅入られた男・宅見将典、日本人アーティストとして受賞を目指す理由 10年以上に渡る過酷な挑戦の日々

宅見将典、グラミー受賞を目指す理由

 作曲家/編曲家/プロデューサー・宅見将典(Masa Takumi)のソロアルバム『SAKURA』が、世界的な音楽アワード『第65回グラミー賞』にて「最優秀グローバル・ミュージック・アルバム」にノミネートされた。ロックバンド・sirenのメンバーとして活動した20代中盤、バンド脱退後は数多くのアーティスト、アイドル、声優、アニメ/ゲームソングの制作に携わってきた。謂わばJ-POPシーンの王道を走っていたクリエイターが、なぜグラミー賞にノミネートされることができたのか。その裏には、10年以上に渡るグラミー賞への過酷な挑戦の日々があった。エントリーするための様々な条件、ノミネートされることの意味、そして日本人がグラミー賞を受賞する可能性について、“グラミーに魅入られた男・宅見将典”が、2月5日(現地時間)に開催される『第65回グラミー賞授賞式』を前に、熱い思いと知られざるグラミー賞の裏側を語った。(榑林史章)

語学勉強、ロスへの移住、ビザ取得…グラミーのために始めたこと

――グラミー賞ノミネートおめでとうございます。宅見さんは2011年の『第53回グラミー賞』でもノミネートされていますね。

宅見:はい。あの時はSly & Robbieのアルバム『One Pop Reggae』という作品で、レゲエ部門でのノミネートだったのですが、アディショナルミュージシャンとして関われたというラッキーさがありました。嬉しかったのは事実ですけど、時間が経つといかに彼らのおかげだったか身に染みて。今度は自分の名前と曲で、そういう名誉を受けられたら、どんなに素晴らしいことだろうと思って、そこから自分のグラミー賞への挑戦が始まりました。

――Sly & Robbieのアルバムに参加したのは、どういう経緯だったのですか?

宅見:昔からよくしてくださっている音楽プロデューサーの方が、Sly & Robbieのエグゼクティブプロデューサーをされていて、「この曲でギターを弾いてほしい」と言われ訳も分からず弾いたのですけど、蓋を開けたら彼らの作品だったという経緯です。最初からSly & Robbieだと分かっていたら、きっと気後れして断っていたと思います(笑)。グラミー賞のことは知っていましたけど、遠い世界の話だと思っていたので、話を聞いた時は本当に驚きました。また、運よくチケットをいただけたので「せっかくだから」と思って現地に行って授賞式に参加し、本場のエンターテインメントを目の当たりにしたことで衝撃を受け、「絶対またここに戻って来たい!」と思ったんです。

――そこからソロ1枚目となった『Stars Falling』(2016年)をリリースするまで約5年ありますが、その間にはどんなことをしたのですか?

宅見:日本に帰ってすぐ英会話教室に通ったのですが、やはり現地に行くべきだと思い、翌年の2012年にはF-1ビザ(学生ビザ)を取って短期留学しました。それでも英語がなかなか身につかず、半分諦めた時もありましたけど、毎年2カ月くらいロサンゼルスに通うようになって。ちょうどリモートで仕事もできるようになっていたので、アメリカで日本の仕事をしながら、英語の勉強をしたり、いろんな人に会って向こうの文化に触れるようして。その後、2013年の『第56回グラミー賞』で、Sly & Robbieのアルバム『REGGAE CONNECTION』に、今度はギタリスト&キーボーディストとして全曲に参加したことで、メンバーとしてノミニーの称号やメダルなどをいただきました。自分の名前ではなかったものの、正式な形でノミネーションをいただけて、レッドカーペットの上を歩くことができました。その時に、ボーティングメンバーと呼ばれるグラミー賞の会員になることができたんです。会員になると投票権が得られると同時に、メジャー、インディーに関係なく、自分の作品をエントリーすることができるんです。

――それはすごく大きかったですね。

宅見:はい。それに、グラミー賞の部門は毎年80以上のカテゴリーがあり、有名な「レコード・オブ・ザ・イヤー」や「アルバム・オブ・ザ・イヤー」といった、世界のモンスター級アーティストがしのぎを削っている部門だけでなく、英語で歌っていないアジア人でも目指せるカテゴリーもいくつかあって。もともとサウンドトラックを作ることや楽器を弾くことが好きだったので、インストゥルメンタルのカテゴリーを探してエントリーしようと思いました。それに作曲家として楽曲提供を軸にした活動を行っている中で、「自分はこれです!」と提示できるような、ポートフォリオのような作品を持っていることは、音楽家として必要だと思っていたので。そこで自分が目指せるカテゴリーはどこか考えた時、「コンテンポラリー・インストゥルメンタル」があったんです。そうして、自分で作曲して演奏するソロのプロジェクトを立ち上げたのが2016年です。

――そこからノミネートまで6年かかるわけですね。

宅見:はい。2016年はエントリーできただけでちょっと満足していて、しかもアメリカでの反応は決して悪くなかったんです。自分も気合いを入れて、ハリウッドのキャピタルスタジオでレコーディングしたりして、「もしかしたらイケるかも」と思っていました。でもそれは無知がゆえの根拠のない自信みたいなもので、案の定ノミネートされず、その日のFacebookに「悔しいから、もう移住します」って書いたんです(笑)。書いてしまった手前もあって、2017年は移民弁護士に相談して様々な審査を受け、年末にようやくO-1ビザ(アーティストビザ)を取ることができました。その年に2枚目も制作してエントリーしたんですけど無理で、2018年の頭からロサンゼルスに移住して3枚目を作り始めました。

エントリーするカテゴリーにより分かれる明暗

宅見将典

――実際にロサンゼルスに住むのと住まないのでは、何がどう違ったのですか?

宅見:違いはすごく大きくて、いろいろなことに気づくことができました。一番の違いは、周波数など音響的な面です。アメリカの音楽はどの帯域がトレンドなのか。主にベースとリズムでした。つまり重要なのは低音です。それに対して日本の曲はテンポが速いものが多く、低音を出すとスピード感がなくなる。そもそもアメリカにテンポの速い曲はそれほどなくて。アメリカのポップスとJ-POPの違いは何なのか、それが分かったのは大きかったです。あとはボーカルの違いです。アメリカのボーカルは、日本のボーカルとは全く違う楽器という印象なんです。逆にアメリカのボーカリストは、アジア人のような声は出せない。どっちが良い悪いではなく、“楽器”として違うんです。例えば同じ弦楽器でも三味線とギターではまるで違う音が出るようなイメージに近いかもしれません。だから日本人がどんなに流暢な英語で歌っても、違う楽器として認識される。そういうボーカルの帯域の違いによっても、オケのプロダクションが変わるわけです。今は特にヒップホップ時代ですし、ローエンドをすごく強調する。自分はJ-POPをたくさんやらせてもらっていたんですけど、そこは全然気にしていなかったから、昔はダンスミュージックも全然作れなかったんです。

――2011年にAAAの「CALL」という曲で、日本レコード大賞優秀作品賞を受賞されていますよね。あれは結構なダンスミュージックだったと思いますが。

宅見:「CALL」はあくまでも作曲で、アレンジは別の方がやっているんです。それに2011年はロサンゼルスに行く前で、その時に「ダンスミュージックも作れるようになりたい」と思ったことも、ロサンゼルスに行った理由の一つです。

――その後2019年にDA PUMPの「P.A.R.T.Y. ~ユニバース・フェスティバル~」の作曲・編曲で、第61回日本レコード大賞優秀作品賞を受賞。完全にロサンゼルスでの経験が、J-POPにも活かせたわけですね。

宅見:はい。ロサンゼルスでの経験がなければ、今もダンスミュージックは作れていなかったと思います。グラミー賞を目指すこと、R&B/ヒップホップなどのダンスミュージックの編曲ができるようになること。ロサンゼルスに行ったのは、その2つの目標があってのことでした。でも不思議なことに、その2つが交差していくんです。ソロ4作目からは和楽器を使いながら、そこにトラップビートをミックスしたりしているのですが、そういうアイデアは、ロサンゼルスに行かなかったら生まれなかったでしょう。

――これまでノミネートできなかった4作と、ノミネートされた5作目の『SAKURA』で、具体的な違いは何ですか?

宅見:4枚目までは、アメリカの国技の大会に出ていたようなものだったんです。1~2枚目は「コンテンポラリー・インストゥルメンタル」という世界の強豪が戦うカテゴリー。3枚目はピアノインストゥルメンタルだったので、「ニューエイジ」というカテゴリーにエントリーしました。そして4枚目は、日本を世界に広める目的を兼ねて、アメリカで学んだことを和楽器と組み合わせたフュージョンのアルバム『HERITAGE』で、再び「コンテンポラリー・インストゥルメンタル」にエントリーした。けど、やっぱり無理でした。よく考えてみれば4枚目の時は、ノミネートされていたのはスティーヴ・ガッド(ドラマー)など世界の名だたるジャズプレイヤーばかり。著名なミュージシャンの作品がゴロゴロしている中で、無名の日本人アーティストの作品が選ばれるのは夢のまた夢。それで、コロナ禍になったこともあって、昨年は一旦制作を休んで帰国していました。

――で、5作目は、これまでの経験を総動員したものに。

宅見:はい。今回は思い切ってエントリーするカテゴリーを変えました。今まで「ワールド・ミュージック」という名前だったカテゴリーが、2年前から「グローバル・ミュージック」に変わって、ここの基準なら私の音楽が合うんじゃないかと思って。サウンド面では、4枚目の時に琴や三味線を使っていたので、その流れで5枚目も作りました。

――エントリーするカテゴリーの違いで、結果が大きく異なるのですね。

宅見:はい。ただ規定が細かく、「グローバル・ミュージック」は民族楽器が51%以上使われている必要があって、4枚目は和楽器をフィーチャーした曲が8曲中4曲だけだったので、そこにはエントリーできなかったんです。そこで5枚目はもっと和楽器の曲を増やすイメージで、ロサンゼルスで知り合ったカナダやロサンゼルスのミュージシャンにフィーチャリングで参加してもらって。そういう風にしたら、「グローバル・ミュージック」というカテゴライズにしっくりくる作品ができました。

――グラミー向けにアルバムを作るみたいな感覚なのでしょうか?

宅見:あくまでも自分のやりたいものを作ったわけですけど、オリンピックのようなもので、グラミーにエントリーする以上は決められたルールがあるので、その規定に合わせて調整したような感じです。自分のコンポジションは揺るぎのないものなので合わせようがありませんが、楽器構成を変えたというイメージです。

――『SAKURA』を聴くと、しっとりしてメロディがきれいな印象。決して和メロというわけでもないのに、和が感じられる。それはやっぱり楽器のせいですか?

宅見:でも使っているのは、和楽器だけじゃないんですよ。アフリカのコラというハープみたいな楽器や、ンゴニという弦楽器、ネイティブアメリカンフルートやバンブーフルートなど、アジアや世界の楽器をふんだんに使っています。だからコンセプトとしては、すごく日本というわけでもなくて、アジアのどこかの音楽、でも日本人が作っているみたいな。もちろんピアノやバイオリンなどのポピュラーな楽器も使っていますが、意識としては“アジア”という感じでしょうか。

――それが、聴くとすごく日本っぽさを感じるのが面白い。

宅見:うまく混ざるポイントを探しましたからね。面白いところでは、Pickasoという会社が作っている、ギターをバイオリンのように弾くための弓(ギターボウ)というのもあって、それを「Kaze」という曲のオープニングで使っています。他にもピアノの蓋を開けて弦を叩いて音を出したり、何の楽器か分からないけどそう聴こえる楽器や演奏方法をすごく探しましたね。あと、今回は声を入れたくて、楯直己さんというミュージシャンにも参加していただきました。彼は歌詞がない謎の言語で歌うのが上手くて、アフリカで歌ったら動物が寄って来そうな声というか、モンゴルの大草原を連想させるような歌声の持ち主なんです。1曲目「Sakura」の冒頭から歌っていただいているのですが、彼の声も「グローバル・ミュージック」には不可欠だと思いました。自分が様々な仕事を通して出会ってきた、いろんな国の気になる人、今作に融合できるミュージシャンに集結してもらうことができたことも、ノミネートされた勝因の一つだったかなと。

――そこに重厚感のあるトラップやトリップホップのような打ち込みも加わって。海外の映画に出てくる日本のようなイメージですね。「Katana」「Sakura」など曲名の付け方もそうです。

宅見:はい。そういうイメージもあります。曲名も、アメリカ人が知っている日本語を調べて付けました。意味の全く分からない曲名を見ても、聴こうとは思わないじゃないですか。

――「Tamashii」とか「Inochi」という曲名もありますね。

宅見:「Inochi」は、最初は「Life」にしていたんですけど、どうせなら徹底的にやってしまえと。「Tamashii」は、L.A.に「Tamashii Ramen」というお店があったり、「Katana」もそういう名前の和食屋があるし、SUZUKIのバイクの名前でも有名です。「Yuzu Doll」は、もともと「Yuujo」という曲名だったんです。花魁の悲しみを表現した曲なんですけど、海外の人に聴いてもらう場合、曲に対する自分の思い入れよりも、聴いてもらうきっかけや興味を持ってもらうためのものとして、曲名はすごく大事でした。それこそ4枚目は『HERITAGE』というアルバムタイトルだったんですけど、『HERITAGE』は遺産という意味で、日本人から見ると和楽器は日本の遺産ですけど、海外の人から見たら和楽器は遺産でもなんでもない。そこは、聴く人の文化に合わせる必要がありました。

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