西方裕之、男女の幸せを歌った「おまえひとりさ」が異例のヒット 35年超えキャリアのルーツに迫る

西方裕之、歌手活動のルーツに迫る

 デビューから35年を超えた演歌歌手・西方裕之が2月にリリースした「おまえひとりさ」のMVがYouTubeで、演歌では異例の44万回を超える再生数を記録し話題となっている。演歌特有のこぶしなどの歌唱テクニックが抑えられ、幅広い世代に聴きやすく歌いやすいのが特徴の同曲。西方に「おまえひとりさ」とカップリング曲「遠花火―新録版―」の制作秘話や曲に込めたい思いを聞いた。インタビューでは、西方を演歌の道に導いた3人の“謎のおじさん”の存在や、凝り性な素のキャラクターも飛び出した。親近感あふれるエピソードの数々に、思わず頬が緩む。このインタビューを読めば、「おまえひとりさ」がより魅力的に感じるだろう。(榑林史章)

歌いやすさがヒットの要因

西方裕之「おまえひとりさ」MV【歌詞・字幕付き】

——「おまえひとりさ」のMVが、YouTubeで40万回を超える再生数を記録しています。演歌のMVでは異例の再生数とのことで。

西方裕之(以下、西方):正直、あまりピンときていません。演歌のMVが普段はどのくらいなのか知らないし、J-POPの人気の曲は何百万とかもっとすごいじゃないですか。

——演歌で人気の方でも数万、ヒット曲で数十万なので。

西方:ああ、じゃあすごいのかもしれません(笑)。MVには6組の本物のご夫婦、一般の方に出ていただいたんです。「僕自身のことはそんなに映さなくていいから、ご夫婦の映像を多めにしてください」とお願いをして作っていただいて。ご夫婦の仲の良さが映像からも伝わってくるじゃないですか。自分はたまに映って、ただ座って歌っているだけ。それが良かったのだと思います。

——いわゆる演歌のMVとは雰囲気も映像も違っていて、J-POPのような雰囲気ですよね。

西方:そうですよね。MVは今まで何本も撮らせていただきましたけど、この曲は演歌のスタイルとは違いますよね。楽曲はもちろんですけど、MVをそれだけ観ていただけているというのは、そういう違いもあるんでしょうね。

——「おまえひとりさ」はデビュー35年企画の第二弾。第一弾の「帰郷」は、男の哀愁や望郷の想いがあふれた楽曲でした。

西方:コロナ禍の影響もあって、今の時代は故郷になかなか帰ることができないじゃないですか。そこで「故郷への回帰」をテーマに制作したのが、第一弾の「帰郷」です。今回の「おまえひとりさ」は、それとは少し趣を変えて、どちらかと言うと男女の幸せを歌った演歌です。こういうテーマを歌ったことは、35年やってきた自分のキャリアの中でも初めてなんです。実は10年近く前からこういったテーマで歌いたいということを話をしていたんですけど、「これだ!」と思う曲となかなか出会えなくて。そこで、こういう歌いたいとお話をして、久しぶりに弦哲也先生に曲を書いていただき、以前男歌をいくつか書いてくださったことのある万城たかし先生に作詞をお願いしました。デモテープをいただいた時は、「これだ!」って思いましたね。

——どうして男女の幸せな恋愛というテーマを歌いたいと思ったのですか?

西方:憧れですかね。男歌、女歌、故郷ものなど歌を作る上でのテーマはいろいろありますけど、もともとデビューは男歌だったんです(「北海酔虎伝」)。船乗りの歌で、こぶしを握りしめて歌うようなものだった。二人で幸せになろうねとか、一緒に歩いて行こうとか、そういうテーマの歌はなかったんです。でも、昭和の演歌の先輩方や、平成・令和になってからの演歌でも、そういうテーマで歌っていらっしゃる方はたくさんいて。だから自分も、いつか歌ってみたいと思っていました。

——MVには様々な世代の実際のご夫婦が出演されています。しかし歌詞を読むと、〈今日からふたり 幸せになるんだよ〉とあって。〈今日から〉というのが、いろいろ想像させます。若いカップルが結婚を誓ったのか、熟年夫婦の夫が妻に「もう苦労はかけないから」と言っているのか、とか。

西方:いろいろな捉え方ができますよね。今になって、万城先生にどういう意図で書いたのか聞いておけば良かったなと思いました。長年連れ添っている人なのか、初めてこの人に出会えて良かったのか、どういう世界観なのか。〈やっとみつけた ぬくもりだから〉というフレーズもあるくらいですから。自分としても歌うたびに、「こうなのかな?」と想像しながら歌うので、毎回新鮮なものがあります。

——今回は、「歌いやすさ」も意識されたそうですが。

西方:はい。実際に歌いやすいと思います。自分は毎回新曲のレコーディングをする時に、一つテーマを決めて録るんです。こういうこぶしを入れようとか、こういう押し引きをやろうとか。いつもはそれが積み重なって、だんだん難しい曲になってしまっていたと思うんですね。実際に「西方さんの曲は難しいですね」って言われたこともあります。そこで今回は、幸せな恋愛をテーマにした歌でもあるから、小難しく歌うことはやめて、こぶしなどはちょっとした味つけ程度にして、テクニックよりも歌に表情をつけるような気持ちで歌いました。でもカラオケで歌う人の中には、「西方はこう歌っているけど自分はこう歌いたい」と思う人がいるかもしれないし、聴いてくださる皆さんには自由に歌っていただきたいです。

——さまざまなテクニックを自然に操れるプロの方が、簡単に歌うことは、逆に難しいですよね。

西方:そうなんです。演歌歌手に「こぶしを抜いて歌え」と言っても、歌えない人が多いです。染みついてしまっているものを、出さないようにするのは本当に難しいです。

——西方さんもレコーディングでは、こぶしを抜くなどの部分で苦労されたのですか?

西方:いえ、実は私、宅録をやっていて。吉田拓郎さんやかぐや姫などのフォークソングを歌って録音するということを、自分の趣味としてやっているので、それがいい感じでこぶしを抜く練習になっていたようです。なので今回のレコーディングでは、そこまで苦労することなくいい感じで歌えました。

——フォークソングを宅録するという趣味は、何年も前からですか?

西方:ええ。15年くらい前からです。あくまでも趣味なのでどこかで発表するということもないのですが、たまに自分のコンサートでお客さんが帰る時にシレッと会場で流していることもあって。私が歌っているとは、誰も気づかないんです(笑)。

——普段はフォークソングをよく聴かれるのですか?

西方:はい。フォークソングとか、歌詞のないインストゥルメンタルの音楽で、ジャズとか。ジャズと言っても、詳しいわけではないんですけど。

——他の演歌歌手の方の歌は、あまり聴かれない?

西方:最近はあまり聴かないです。デビュー当時なんかは、自分の知らない歌がないようにと思っていろいろ聴いていましたけど、いつしかあまり聴かなくなりました。一時は自分の歌だけを聴いていたこともありましたが、そうすると「ああしておけば良かった」「こう歌えば良かった」といろいろ考えて、疲れてしまうんです。最終的に自分の歌もあまり聴かなくなったんですけど、コンサートやイベントなどで歌う機会がある前に聴くと、「こういう歌い方をしていたのか!」と、すごく新鮮に聴こえるのでそれもいいなと思っています。

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