サラ・オレイン、『One』に込められた映画と自らへの愛 名曲カバーと共に伝えたいメッセージとは
今年デビュー10周年を迎えるアーティスト、サラ・オレインによる、前作からおよそ3年半ぶりのニューアルバム『One』がリリースされる。
本作には、これまで彼女がライブで披露してきたカバー曲がずらりと並んでいる。しかもQueenやABBAといったロック~ポップスの名曲から、映画『アラジン』や『フィフス・エレメント』などのサウンドトラック、そして自身のルーツであるクラシック~オペラまで幅広くセレクトされており、これまでにデイヴィッド・フォスターやアンドレア・ボチェッリ、キャサリン・ジェンキンスなど錚々たるアーティストと共演してきただけあって、その存在感たっぷりの歌声にはただただ圧倒されるばかりだ。
最近、自身がパーソナリティを務めるラジオ番組『Peace of Mind 土曜の朝のサラ・オレイン』(TOKYO FM)で“メンタルヘルス”や“セルフラブ”について積極的に発信するようになった彼女。そこには一体どのような思いが込められているのか、それは本作『One』にも何か反映された部分はあるのか。彼女自身によるアルバム全曲解説で、その真意に迫った。(黒田隆憲)
不安を抱える人たちが安心できる存在になりたい
ーーまずは、アルバムのタイトルに込めた思いから聞かせてもらえますか?
サラ・オレイン(以下、サラ):まず今作は、私にとって初めての全曲カバーアルバムなんです。最初は映画音楽のカバーだけを集めた、『Cinema Music』に続くような作品をイメージして制作に取り掛かっていたし、アートワークもちょっと映画俳優を意識したような写真になっているんです。でも前作『Timeless ~サラ・オレイン・ベスト』からおよそ3年半ぶりのアルバムで、その間にはパンデミックでコンサートが全くできない時期もあり、いろいろな気づきがありました。毎週レギュラーで担当しているラジオ番組でも、“メンタルヘルス”や“セルフラブ”など心の問題を取り扱うことが増えていったんですね。
ーーええ。
サラ:そうした状況の中、英語がわからない人にも通じる非常にシンプルな単語“One”を思いつきました。私がライブでお客さんに向けてよく言っているのが、「頑張らなくてもいい。あなたは一人じゃないよ」というメッセージ。一人じゃないけど、「一人しかいない」という唯一無二の存在でもある私たちは、自分自身を大切にしなければいけない。それは今お話しした“メンタルヘルス”や“セルフラブ”というテーマにも繋がるのではないかと。すごくシンプルな単語であるからこそ、いろいろな意味を込めることのできる“One”というワードは、今回私がやりたい作品のテーマとしてぴったりだと思ったんです。
ーーサラさんが“メンタルヘルス”や“セルフラブ”など心の問題に関心を持つようになったのは、どんなきっかけがあったのでしょうか。
サラ:私自身がずっとうつ病と向き合ってきたんです。今までそれを公言してこなかったのは、日本ではまだメンタルヘルスに対して偏見も多かったから。ただ、私には“音楽”という表現手段があり、それによって実際に救われてきた部分もあるから、そういうメッセージも音楽で発信していけばいいのでは? という気持ちもありました。それでも充分かなと思っていたのですが、パンデミックになってメンタルヘルスに対する理解が以前より深まっている昨今、私自身もちゃんと言葉にして明確にして語るべきなのかなと思い始めたんです。
そんなことを考えていたさなか、近しい友人をパンデミックの中で2人も失ってしまいました。とてもショックだったと同時に、彼女たちは自分たちの抱えている問題について公言してこなかったことにも考えさせられました。私のようなうつ病を含む、メンタルヘルスの問題を抱えている人たちが安心できる場所、自らの体験について語り合える場所がなかなかない。であれば、自分が率先してそういう場を作ってもいいのではないかと。自分自身も音楽や言葉を通じて、不安を抱えている人たちが安心できるような存在になりたいと強く思うようになっていきました。
ーーでは、1曲ずつお話を聞いていきます。アルバム冒頭を飾るのは、Queenの「ボヘミアン・ラプソディ」ですね。
サラ:Queenはとにかく見て聴いて楽しめる音楽ですよね。この「ボヘミアン・ラプソディ」も、ピアノの弾き語りかと思いきや、バンドアンサンブルになったりシンフォニックなコーラスが飛び出したり。そういうエンターテインメント性のある音楽ですが、歌詞は哲学的でもある。歌い出しの歌詞が〈Is this the real life? Is this just fantasy?(リアリティか、ファンタジーか)〉という問いかけから始まっていますが、私は自分のツアータイトルを『Fantasyの扉を開けて!』と銘打っているように、最高の現実逃避ができる場所を提供したくて。「逃げる」とか「現実逃避」って、ネガティブに聞こえる言葉ですが、人生において心を休ませる、リセットすることはとても重要だと思うんですよね。人によってそれは音楽だったりゲームだったり読書だったりしますが、現実逃避することによって再び現実に立ち向かっていくパワーを蓄えていると思うんです。
ーーディズニー映画『アラジン』より、「スピーチレス~心の声」を取り上げた理由は?
サラ:『アラジン』といえばアニメーションの印象が強いと思うのですが、2019年公開の実写版が出るまでジャスミン王女のための楽曲ってなかったんです。ナオミ・スコットが実写版のジャスミンを演じていますが、そこでようやく「スピーチレス~心の声」というジャスミンのための曲が用意された。「私を黙らせることはできない 私には声がある」という歌詞も、本当に素晴らしい。女性だけでなく、すべてのマイノリティの声を代弁する力強い楽曲だと思います。ただ、その反面、「まだこんなことを歌わなければならない世の中なのかな」とも思う。カバーするにあたって、私も力強さを感じさせるようなボーカルに挑みました。この曲のギターサウンドっぽいところは、「ボヘミアン・ラプソディ」同様にエレキバイオリンを思いっきり歪ませてレコーディングしました。
ーー「ザ・ウィナー」は、ABBAが1980年にリリースしたアルバム『Super Trouper』の収録曲です。かなり大幅にアレンジを変えていますね。
サラ:このアルバムの中で、最も大胆なアレンジを施しています。ABBAといえば、ダンサブルで明るい曲を歌うグループというイメージが強いですし、この曲も壮大なストリングスを導入しつつも躍動感あふれるリズムが印象的です。でも、歌詞は非常にダークなんですよ。モチーフとしてはメンバー間の離婚問題が根底にあるのですが、その時の葛藤を「すべてを失ってしまった人が『強者がすべてを奪い去っていく』と嘆いている歌詞」に昇華していて。それが奇しくもパンデミック期間中、私たちが心の中に抱えていた悔しさ、「なんで私が……!」といった叫びに通じる部分があると思ってカバーしてみました。
ーー「スペイン」はチック・コリアがスタンリー・クラークと結成したフュージョンバンド、Return To Foreverのカバーです。ここに収録されているのはライブバージョンですね。
サラ:はい。しかも、初めて人前で演奏した時の音源です。昨年チック・コリアが亡くなられたのもあり、オマージュという意味も込めて収録しました。ちなみに歌詞は、アル・ジャロウがカバーした時に付けられたもの。もともとこの曲の主旋律は歌うために作られていないので、多くのシンガーはスキャットでカバーしている。それをこうやって歌詞をつけて歌うと非常に難しいんですよ。そういうテクニック面でも色々とチャレンジがあって楽しかったです。
ーー「ウォーキング・イン・ジ・エア」は映画『スノーマン』の挿入歌。もともとこの作品はイギリスの絵本作家、レイモンド・ブリッグズによる絵本が原作です。
サラ:「ウォーキング・イン・ジ・エア」はクリスマスの時期に毎年取り上げている楽曲です。『スノーマン』って、すごく儚い物語なんですよね。雪だるまだから翌朝には溶けてしまうし。オリジナルはボーイソプラノの男の子が歌っているのですが、それもまた声変わりすると二度と再現できなくなる儚さを孕んでいる。スノーマンの命と、ボーイソプラノの声……思えば私たちの人生だって同じように儚いものですよね。儚いがゆえに尊くもある命の大切さを訴えたくて取り上げました。私自身の声も、歳を重ねるたびに変わっていきますし、「このボーイソプラノをカバーするなら今しかない!」と。
ーー映画『フィフス・エレメント』の「ディーヴァ・ダンス」は、他の楽曲とはかなりテイストの違ったアレンジに仕上げていますね。
サラ:実は、この曲だけエンジニアさんが違うんです。アレンジは私の次のアルバムを匂わせるようなテイストになっているので、そこもちょっと気にしながら聴いてもらえると嬉しいです。
ーー松任谷由実による、荒井由実名義の「ひこうき雲」も命の儚さを歌った楽曲です。
サラ:これもライブレコーディングにこだわりました。さっき私は友人をパンデミックで2人亡くしたと言いましたが、そのうちの一人がこの歌詞で描かれる〈あの子〉と重なるんですよね。「今しかない、自分の存在を大事にしてほしい」というメッセージを込めてカバーしました。