tricot、豊洲PITで爆発した唯一無二の音楽性 海の向こうへ続く、エナジーに満ち溢れたツアーファイナルを観て
良くも悪くもバンドの柔軟性が問われるコロナ禍。tricotは「面白い方へ、まだ鳴らしたことのない方へ」という元来の資質を前進させている。前作『10(じゅう)』以降、データのやり取りを起点にバンドアレンジで楽曲を完成させる方向にシフト。新作『上出来』では、その自由度がポストジャンル的なリズムや展開の新しさを生んでいる。余談だが、ポッドキャスト『tricotの聴き尽くすトークします間も無く』の最新回で、「もし対バンできるなら?」というファンからの質問に、中嶋イッキュウ(Vo/Gt)がBLACKPINK、キダ モティフォ(Gt/Cho)がHiatus Kaiyote 、ヒロミ・ヒロヒロ(Ba/Cho)がRed Hot Chili Peppers、吉田雄介(Dr)がThe Weekndを挙げていた。
そして約2年ぶりの今回のツアー『WALKING × WALKING TOUR 2021-2022』のファイナルである東京・豊洲PITの開場BGMには、CHAIやサム・ヘンショウ、Free Nationalsやジェイコブ・コリアーが流れている。それが『上出来』以降のtricotとすごくハマる。それは、アルバムに付属された本作のインストバージョンでも実感できるが、歪な変拍子とキャッチーなメロディに加えて、現代のジャズやソウルのエッセンスをライブでも見事に体現していたからだ。
『上出来』のインストバージョンが流れる中、メンバーが登場。オープナーは「言い尽くすトークします間も無く」。中嶋のボーカルも音色の一つのように扱い、各楽器が裏表で自在なリフやフレーズを演奏するこの曲は、リズミックなコラージュ感が生で増幅する。隙間の多い音像だが、よく瓦解しないものだと冒頭からあっけに取られた。一転、真っ赤なライティングも相まって、緊張感の増す「スーパーサマー」ではフロアから手が挙がり、タイトな中にもコーラスが作り出す浮遊感が続く「サマーナイトタウン」のメランコリックなムードに引き継がれていく。この曲もライブだとキダのソリッドなカッティングがより際立ち、アダルティなムードにtricotのフレーバーを明確に刻み込む。
最新作や前作からノンストップで披露したあとは、吉田のルーツでもあるラテンパーカッション的なビートが「おもてなし」をアップデートした印象も。中嶋のボーカルも艶を増し、複雑怪奇なアレンジもただ身を任せていたくなる心地よさ。抜けのいいキック&スネアが印象的な「右脳左脳」、エスノファンクなテイストの「秘蜜」と、立て続けにブラッシュアップされた演奏が続く。
新作の先行配信曲のひとつである「カヨコ」では、中嶋がハンドマイクでラップに近いAメロをサラリと歌ったことにも、潔いエンディングにも思わずため息がもれる。歌詞がほぼ〈わんわんわん〉しかない「Dogs and Ducks」では、吉田がパッドで“ワンワン”と聴こえる音を出し、そこにキダによる単音の短いループのフレーズと透明感のあるコーラスが乗ると、音源以上に現代ジャズに通じるコンテンポラリーミュージックのニュアンスが増す。新曲が続き、いい緊張感の中で自分なりのノリ方を模索したり、自然と身体を動かしていたオーディエンスがグッと前のめりになったのはおなじみ「おちゃんせんすぅす」。曲間のストップ&ゴーのカタルシスに誰もが身を任せる。幾度もリズムやテンポチェンジするこの曲も、今やファンの身体には染み付いた展開だということだろう。
今回初めてシンセベースを導入した「餌にもなれない」でのヒロミの演奏と、鍵盤のクラビネットのようなサウンドのキダのプレイが、トリッキーな新しい音像を作る。楽しみを奪われさまよう人々と、近場にしか出かけられないこのご時世。見失いがちな心情とも重なる歌詞の浸透度も高い。中嶋がどんな気持ちで歌詞を書いたかはわからないが、そこから感じられる閉塞感すらユニークな曲となって、未知の体験に連れて行ってくれる、これぞtricotの強かさだと思う。この2年の実感という意味では「夜の魔物」も白眉だった。たっぷりリバーブが効いた情景広がるキダのギター、中嶋の歌だけで進んでいき、2番でリズムが入ってくる染みるスローナンバー。誰もが孤独な夜に、自分の意思に反して魔が差すような不安を歌う中嶋の表現は、胸の真ん中に届く強力なものに進化していた。この日、誰もが立ち尽くすしかない場面だったと思う。