デヴィッド・ボウイ、幻のアルバム『Toy』に隠された苦悩と進化 ついに明かされた全貌をブレイク前の変遷から徹底解説

「Space Oddity」ヒットに至るまで、ボウイが過ごした挫折の日々

 変化するキャラクターで先鋭的なファッションをまとい、常に音楽シーンのトップを歩み続けたデヴィッド・ボウイは、日進月歩の進化を遂げるレコーディング技術においても、死の直前まで不断の研鑽を行い続けた。そんなアーティストは他にいない。21世紀のこれから、その功績はさらに再認識されていくはずだ。

 そんなボウイの歴史の中で、幻の作品としてファンの垂涎の的となってきたのが『Toy』だ。このアルバムが、ボウイの全楽曲を買い取ることになったワーナー・ミュージックからのボックス・セット・シリーズ第5弾作品『BRILLIANT ADVENTURE [1992-2001]』の中の目玉的作品の一つとして、ついに発表された。

 さらにボウイの誕生日の前日となる2022年1月7日に、3枚組CDの『Toy: Box』というタイトルで、スペシャル・エディションとしても発売された。ディスク1は本編、ディスク2はオルタナティブミックス、ディスク3はアコースティックギターが中核になり“アコースティックだが、少し電気的”という、より情緒的なミックスが収録され、『Toy』の重層的な魅力を伝える。

 このアルバムは2001年に発売が予定されながら、世に出ることはなく置き去りにされてしまっていた幻のスタジオ作品だ。

 2000年のグラストンベリー公演で大成功を収めたボウイは、1964年から1971年の自らの黎明期の楽曲を、新しい解釈でレコーディングすることを考えた。

 メンバーは、1996年の『Earthling』からプロデューサー格となったマーク・プラティを始め、ドラムにスターリング・キャンベル、ボウイの人生の後半で多くの演奏を務めたベーシスト、ゲイル・アン・ドロシー。そして『Station to Station』(1976年)期のギタリストのアール・スリックが復帰。グラム期の黄金のバンド、The Spiders From Marsからキーボードのマイク・ガーソン。コーラスにはホリー・パーマー、そしてエム・グライナーからなるバンドと共にスタジオに入った。メンバーはすでに長い時間をボウイと過ごしており、息はピッタリと合っていた。ボウイはいわゆる昔流儀にバンドメンバー全員で「せーの!」で演奏したものを録音するライブ的なレコーディングを行い、その中からベストテイクを選ぶというやり方を採用。アルバムは古い楽曲群とは思えない素晴らしい出来となった。

 しかし所属していた<Virgin Records>は、おそらくこの盤が当時のヒットチャート状況に合わないと判断したのだろう。発売を拒否したのだ。当然ボウイの逆鱗に触れ、それがきっかけでボウイは<Virgin Records>から離れることになった。そして本盤は20年にわたり“幻”となったのである。

 なぜボウイは『Toy』を制作しようと思ったのか。収められた楽曲群はその意図を語ってくれるだろう。

 ボウイは1964年にデビューしながらも「Space Oddity」(1969年)でブレイクのきっかけを掴むまで、大変な苦労をしていた。様々なトライをしたが、どれも実りを生まなかった。『Toy』で取り上げた曲の多くはその時代のものである(「Shadow Man」だけは、1972年のアルバム『ジギー・スターダスト(The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars)』のセッションで録音された曲のリメイクで、例外的な時期の収録曲となった)。

David Bowie - Changes (Live, 1973)

 『ジギー・スターダスト』で本格的に大ブレイクする直前の1971年、『Hunky Dory』収録の「Changes」では〈Still don't know what I was waitin' for/And my time was runnin' wild/A million dead end streets and/Every time I thought I'd got it made/It seemed the taste was not so sweet(何を待っていたというのだろう。茫然自失さ。時は無常で、いつも行き止まりだよ。何かことをやり遂げたと勘違いしていた。状況はいつでもホロ苦い)〉と己の身を憂い、〈Ch-ch-changes/Pretty soon now you're gonna get older(変化していかないと、すぐに年をとってしまう)〉と自らを鼓舞するように歌っている。60年代のボウイの心境をストレートに表現しているのだ。この時代のボウイは、状況は厳しかったが、決して駄作を書いていたわけではない。ボウイ流のポップスを一生懸命に作り出し、世に問うていた。あまり語られることのなかったボウイのデビュー時からの軌跡を追いながら『Toy』の秘密を解き明かして行こう。

 ボウイの正式リリースデビューは1964年6月5日、シングル『Liza Jane』だ。The Rolling Stonesと同じ<Decca Records>から発売されたが、このオリジナルアナログ盤は現在、信じられないほど高値を呼んでいる。この表題曲の『Toy』バージョンは『Toy: Box』ディスク2のみに収められている。

 ボウイは1964年、弱冠17歳でデビューを迎えた。The Beatlesの1962年、The Rolling Stonesの1963年とそれほど離れているわけではなく、ボウイの敬愛するThe Whoに至ってはほぼ同期のデビューとなる。しかしボウイのデビューは泣かず飛ばす。それらのバンド群から大きく水をあけられた。ボウイ最初の挫折である。

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