Lucky Kilimanjaroが業界内外で愛される3つの理由 日常に根差したダンスミュージックの快楽性
熊木幸丸のソングライティングの才能
そう、ラッキリの音楽は常に時代と繋がっている。それは、アルバム『DAILY BOP』がコロナ禍を生きる人々の生活を背景に「朝から夜へ」というバイオリズムを再現するように構築されたこと、あるいは、その後生まれた「踊りの合図」が「苦しみ」というキーワードをもとに生み出されていたことからも明らかだ。「踊りの合図」リリース時、筆者が担当した本誌でのインタビューで熊木はこう語っている。
熊木:今の世界って、不安定であることが安定している状態だと思うんですよね。それぐらい価値観はどんどん増えていくし、変わっていく。そういう前提のなかで、自分はどう在るんだろう? 自分は誰を傷つけるんだろう? 自分はどういうふうに人とコミュニケーションをとっていくんだろう? 自分はどうやって自分の存在やアイデンティティを感じ取っていくんだろう?……今って、そういう「苦しみ」をみんなが抱えているような気がする。今回のシングルは、そういう僕自身も含めた人間の「苦しみ」の在り方に対しての提案というか。(中略)僕がこの「踊りの合図」でやりたかったのは、今あるこの苦しみを、苦しい状態のまま気持ちいいものに変えられないのか? ということ。その結果は正直、なんでもいいんです。その結果として未来がよくなってほしい、みたいな思いを入れているわけでもない。単純に、今のこの「苦しい」という気持ちが、〈苦しいでござんす〉というフレーズによってちょっとした快楽に変わるんじゃないかって。(※1)
今この時代を生きる市井の人々に向けて、なにを語り、なにを提案できるのか?ーーラッキリの音楽の根底には、常にそうした熊木の思考の巡りがある。「踊りの合図」は、ハウスに加えてボサノバやトラップの要素もミックスされ、さらに黒澤明『七人の侍』の世界観まで混ぜ込んだという野性的で躍動感のある1曲だが、この狂騒的で生命力に溢れた1曲が生まれた背景にあったのは、私たちが共通して生きている「時代」という名の悲しみに向き合う眼差しだった。時代の混沌の渦中で、踊れーーラッキリは泣き笑いのグルーヴの奥で、そう告げていた。
身体に語りかける圧巻のライブステージ
……とまあ、長々と書いてきたが、こんな堅苦しい文章を読むより、可能ならなによりもまずは、ライブで実際にその体を踊らせてみたほうがいいかもしれない。ラッキリのライブは、電子パッドやシンセベースも駆使したダイナミックなバンドサウンドを堪能できる。それも、緻密に作り込まれた音源を「再現する」のではなく、より広く覚醒させるために展開される楽曲のライブアレンジの聴き応えが素晴らしい。また聞くところによると、今のラッキリのライブはMCナシで曲間がノンストップで繋がっていく、いわばクラブミュージックスタイルで展開されているという。言葉で語りかけるよりも、まずは身体に語りかけたいーーそんな思いが今のラッキリにはあるのではないかと思う。
音楽とは時間であり、空間であり、音楽でしか成し得ないコミュニケーションがある。その空間においてのみ生まれる音と人の動き、波動。ラッキリはそういうものを求めているのだ。私は今年、日比谷野外大音楽堂でのワンマンを体感したが、あの日も、ラッキリのライブはまるで波のようだった。予定調和的な余計な演出はなく、ひとえに波のようになだらかな起伏を持って響き続ける音楽。そこで大切なのは意味じゃない。大切なのは、一瞬一瞬を熱が伝播していく、その空間の当事者として私やあなたが「いる」ということ、それ自体なのだ。
加速的に注目を集め、進化しているラッキリ。もし、あなたが「今、生きている」ということを考えるより先に感じたければ、音源でも、ライブでもいい、ラッキリの生み出すダンスミュージックに触れてみるべきだ。
(※1)https://realsound.jp/2021/07/post-823358_2.html