反田恭平、『第18回ショパン国際ピアノコンクール』快挙の舞台裏 『ピアノの森』彷彿とするドラマにファンも歓喜

 今回は、そのほかの日本人参加者も個性豊かだった。YouTuber「かてぃん」として知られる角野隼斗さんも、セミファイナルまで進出。地元聴衆、特に若い世代から人気が高く、あちこちでサインを求められていた。ほかのコンテスタントの演奏を聴くため、反田さんと角野さんが連れ立って客席に現れる姿などは、『ピアノの森』のカイと光生(日本人コンテスタントの平田光生)を思わせた。

 反田さんは、1次予選から堂々たる自分のショパンを披露した。本人も満足のいく出来だったと振り返る2次予選では、華やかなワルツでペースをつかみ、持ち前のみずみずしく豊かな音で客席を引き込んでいった。このとき筆者は審査員席が見える場所にいたので、力強い演奏に思わず体を揺らしたり、うっとり聴き入ったりする審査員の様子を見ることができた。これもまたまさに『ピアノの森』で描かれる場面。審査員の独白のセリフが聞こえてくるようだった。

 3次予選の演奏後、バックステージに行くと、悔し涙を流す反田さんの姿があった。このステージで反田さんは、ポーランド人でも知らない人の多いショパンの遺作「ラルゴ 神よ、ポーランドをお守りください」を選曲していた。これを、ポーランド人審査員であり、4年前から師事するピオトル・パレチニ教授のために演奏しようと考えていたものの、冒頭で弾いた「マズルカ」からの緊張をひきずり、思い通りにできなかった…というのだ。

ピオトル・パレチニ、反田恭平(撮影=高坂はる香)

 この場面以外にも、反田さんはたびたび、ショパンの真髄を教えてくれたパレチニ教授への感謝の気持ちを語っていた。子供時代からの付き合いではないものの、どこかカイと阿字野の間柄を思わせる。

 ちなみにポーランドメディアからの取材で、『ピアノの森』について「阿字野だけでなく、非公開となっているカイのピアノを弾いているのもあなたなのでは?」と聞かれたこともあったという。

 ポーランドでポーランド人の師のもと学び、文化に親しむなかで、「ポーランド語の“zal”という感覚……日本語に訳すのは難しく、憂いとか悲しみのようなものを指すが、その感情を表現する音色を求めてきた」と反田さんは話す。今回はそうしてじっくりとあたため続けてきたショパン像を、ポーランド、そして世界の聴衆の前で披露し、評価された。

 今やコンクールの演奏はネット配信される時代だ。さらに今回は、コンテスタントの終演後コメントがリアルタイムでSNSに投稿されるなど、その心境を垣間見る手段が多く用意されていた。それでも彼らも、なんでもインタビューで話してくれるわけではない。語りつくせない葛藤や悩みを抱えていたはずだ。

 『ピアノの森』は、そんな表に出ない若者たちの心情も教えてくれる。観ることで、彼らへの視線がより優しくなり、同時に多くのことを感じ取れるようになるだろう。さらにいうなら、コンクールは結果が全てではないということも教えてくれる。この場で育んだ友情、培った経験を糧に、ピアニストたちは長い長い音楽家人生を歩んでゆく。ここからが本番だ。

<反田恭平メイン写真クレジット>
Finals of the 18th Chopin Competition in Warsaw Philharmonic Concert Hall .
On pic: Kyohei Sorita Photo by: Wojciech Grzedzinski Warsaw, Poland, 18th of October 2021

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