the band apart 木暮栄一「HIPHOP Memories to Go」第7回
the band apart 木暮栄一「HIPHOP Memories to Go」第7回 様々な出会いを重ねて1stアルバム『K.AND HIS BIKE』完成
『K.AND HIS BIKE』レコーディング秘話&必読の全曲コメント
現在にも続く(悪い意味で)、“曲が完成していないのに録り始めちゃう”スタイルは、このアルバムから始まっている。締め切りを伸ばしに伸ばした挙句、本当に今日ドラムだけでも録っておかないとヤバい、というような状況が連続する日々。
そもそも個別録音という作業自体にまだ不慣れだった上、どんな曲なのか理解していないまま全員が直感で演奏を重ねていき、1分前に原(昌和/Ba)が書いたメロディに僕が歌詞をつけて、その5分後に荒井(岳史/Vo)が歌うという、今考えれば嘘みたいな録音のやり方である。
それほどスケジュールに追われる羽目に陥ったのは、前回に書いた原ひとりが全ての曲をまとめる、という制作方式が早くも限界だったからだ。作業量を考えたら当たり前の話である。さらに制作期間中にメンバーの私生活のトラブルが重なったりなどもあって、今考えてもよくリリースに漕ぎつけたものだと思う。
この後、the band apartでは4人がそれぞれ曲を作るスタイルへとシフトしていくのだが、その体制に至るきっかけは、このレコーディングにあったと言っても間違いではない。
最後に収録曲ごとの一口メモを書いて今回は終わりたいと思います。
1. FUEL
それまでのシングル曲にあったわかりやすいジャンルの折衷を、Aメロ/Bメロ/サビ、といった各展開ごとに異なるアイディアとして落とし込むという、この後につながるバンドの楽曲構成の雛形となった曲。原が相当気合を入れて作っていた。そりゃ時間もかかるよね。
2. cerastone song
アルバムの中では比較的シンプルな構成。Mock Orangeのメンバーがとても気に入ってくれて、酔っぱらうとよくベースのザック・グレースが口ずさんできた。耳元で。
3. Snowscape
原がボツにしようとしたのを必死で止めた曲。速い8ビートと叙情的なコード進行が、当時のギターロックの流れと少なからずリンクしていたのが恥ずかしかったらしい。
4. ANARQ
リミテッドレコードのコンピ用に作った曲。忍さんが絶賛してくれたので調子に乗った思い出(作ったのは原です)。
5. Take a shit
こんな酷いタイトルあるか?
6. Fool Proof
前回のコラムを参照していただければ。
7. silences
アルバムなんだし、ポップやキャッチーという指標から離れた別のバランスで作ってみようという試みの成果。荒井と映像のイメージを共有しながら書いた歌詞が無駄に不穏でうける。
8. ag FM
当時のヒップホップのアルバムによくあったSkitとかInterludeのようなノリを取り入れたく思い、録音エンジニア速水直樹氏に原稿を読んでもらった。今は全員何とも思っていないと思うが、こういうノリをアルバムに入れるにあたって、川崎(亘一/Gt)と原はけっこう難色を示していました。
9. Eric.W
川崎が持ってきたサビのコード進行の解釈を原が変えて、アシッドジャズ+歪んだギターみたいなノリで作った曲。当初は「August Green」をリード曲に据えたシングルのカップリング用と考えていたので、どちらかと言えば気楽に作っていった記憶がある。そんな曲をリード曲にと激推ししたのが、当時リミテッドレコードで僕らを担当していたKという男で、後のK-PLAN社長。
23歳の僕たちは全員中二病を引きずっており、とにかく意味のないタイトルがカッコ良いと勘違いしていたので、縁もゆかりもないマラソン選手から名前を借用し、曲名にしたのだった(のちに本人から電話でお礼を言われ、非常に恐縮することになる)。
10. K.and his bike
原がボツにしようとしたイントロ〜Aメロのギターリフを、「それいいじゃん、曲にしようよ」となだめてできた曲。個人的にどこへ行くにも自転車移動が多かった頃なので、見たものや感じたことがストレートに歌詞に残っている。タイトルのK.は、K-PLANの元社長。彼もこの頃はボロいスーパーカブを乗り回していたので。
11. in my room
アルバム最後にできた曲。この頃には制作の終わりも見えていたので、気軽で短い曲にしようと思ってんだよね、と原が一晩で仕上げた。歌詞を読むと、初めて一人で住んだ江古田のワンルームの風景が浮かぶ。サビに出てくるビリー・ジョエル「Summer, Highland Falls」は、暑い夏に涼を求めるとしたらどんな音楽を聴くか、と荒井に聞いて返ってきた答えである。
連載バックナンバー
第6回:ヒップホップの過渡期に確立された“オリジナルなバンドサウンド”
第5回:生涯のアンセム「B-BOYイズム」はなぜ衝撃的だったのか
第4回:新たな衝撃をもたらした“ジャパニーズ・ヒップホップとの出会い”
第3回:高校時代、原昌和の部屋から広がった“創作のイマジネーション”
第2回:海外生活でのカルチャーショックと“A Tribe Called Questの衝撃”
第1回:中高時代、メンバーの強烈な第一印象を振り返る
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