月詠みはなぜ考察意欲をかき立てるのか ユリイ・カノンに問う、ストーリーを通した音楽表現の面白さ

ユリイ・カノン、月詠みが考察意欲をかき立てる理由

音楽と小説の連動によって生まれる“深みのある鑑賞体験”

 加えて、「単純に小説家になりたかったこともあって、好き勝手にやらせていただきました」とユリイ・カノンが続けるように、今作の完全生産限定盤には、「真昼の月明かり」のコード譜や「栞」のほか、音楽活動に果敢に取り組むユマと、ユマに憧憬するリノという2人の少女を中心として展開する小説『心象録』(ユリイ・カノン著)が同梱されているのは特筆すべき点だろう。楽曲の歌詞のみでも物語を感じることはできるが、小説を読むことでその理解がさらに深まる。例えば、〈心に欲望が住んでいて〉というフレーズで始まる3曲目「カルミア」を聴いた後、小説の12頁にある文章〈私には何も無い。だから何かを欲していた。〉に目を通せば、「カルミア」の主人公はこの少女のことのように感じられる。同時に、その少女になぜ欲望が生まれているのかも明らかになる。ポイントは、歌詞で描き切れなかった当時の生々しい記憶が、小説には鮮明に綴られており、少女の心情へ直接触れたかのように感じられること。小説が、楽曲だけでは描き切れなかったバックグラウンドを補完する役割を果たし、心の奥底がより強く揺さぶられる。こうした深みのある鑑賞体験は、楽曲と小説、両方があってこそのものだろう。

 月詠みの1stシングル曲としてリリースされた「こんな命がなければ」は、今作のなかではユマとリノの最後の物語にあたる。実は、同曲はアルバムで最初に制作された上に、月詠みとして公開する1年以上前から完成していたらしい。一方で最後に制作したのが、ユマとリノの最初の物語「新世界から」。つまり、月詠みが結成される前から、この物語の構想はすでにあったことになる。

月詠み『こんな命がなければ』Music Video

 また、今作の物語は全三章のうちの序章となる(※1)ことから、ユリイ・カノンによるボカロ曲「或いはテトラの片隅で」や「だれかの心臓になれたなら」などで登場した2人を描いた物語になっていることまでが明確になった。『欠けた心象、世のよすが』は、これから広がる月詠みの世界のほんの一部に過ぎず、今後生み出されていく楽曲が新たな鍵を握っているはずだ。

 このように、ユリイ・カノンの楽曲には“物語音楽”としての要素が強く感じられる。歌詞とアニメーションMVとの相乗効果も存分に発揮されているが、そうした物語音楽を作るアーティストとしての美点とは何なのだろうか。

「例えば、映画では挿入歌や主題歌が作品を盛り上げることがありますが、逆に映画がその楽曲にはもともとないはずの背景を作って、楽曲から感じる良さがより強くなったりすることもあると思うんです。それと同じように、音楽自体に物語をつけることで歌詞に込められたものに深みが増したり、音楽の娯楽性をより高められるような気がしています」

 月詠みとユリイ・カノン個人としての音楽活動は並行しながら進んでいく。最後に、それぞれで表現していきたいことについて聞くと、こう結んだ。

「月詠みなどの人間歌唱で映えるもの、ボカロでしか表現できないもの、どちらの表現もしていきたいですね。どちらかが好きで、どちらかは好きじゃないというのは当然あるとは思うのですが、月詠みから入ってボカロを聴いてもらえたり、その逆もあったりしたらすごく嬉しいです」

 ルーツを探ると、ユリイ・カノンなりの“伝え方に対する思索”が潜在していた。新しい表現方法で、深い考察を促す作品を届けた月詠み。これからも物語は続いていく。

月詠み『絶対零度』Music Video

※1:https://youtu.be/S1A5zqVOSNY

■作品情報
月詠み 1st mini Album『欠けた心象、世のよすが』
2021年9月8日(水)発売 配信はこちら
・完全生産限定盤:¥3,300税込
(CD+「心象録」(小説&フォトブックレット)+コード譜(「真昼の月明かり」)+栞)
・通常盤:¥2,200税込
<収録曲>
01 欠けた心象
02 真昼の月明かり
03 カルミア
04 絶対零度
05 ネクロポリス
06 新世界から
07 夜に藍
08 こんな命がなければ

■関連リンク
月詠み / ユリイ・カノン YouTube Official:https://www.youtube.com/c/YurryCanon/featured
月詠み Official Site:https://www.tsukuyomi2943.com/

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