カニエ・ウェスト『Donda』は大作であり問題作である 才人たちへの称賛も込められた、一人の男の思想と人生
ただしここで、この作品に対するある視点を共有しておきたい。まず3回目のリスニングパーティーにおいてマリリン・マンソンとダベイビーが登場した件について。マリリン・マンソンは、エヴァン・レイチェル・ウッドをはじめとする複数の人物から性暴力を告発されており、ダベイビーは『Rolling Loud Miami』のパフォーマンスMCで同性愛蔑視的な発言をし、それぞれキャンセルされている。彼らが登場することで、3回目のリスニングパーティーで可視化されたのは、キャンセルカルチャーへのメッセージというもう一つのテーマだが、両者とも現在進行形で大きな問題を(前者に関しては明確な個人の被害者が存在する形で)抱えている。これらの是非については様々な意見があるだろうが、いずれにしても彼らは、アルバム中の2曲目「Jail」に参加。マンソンは作曲を、ダベイビーはこの曲のパート2となるバージョンの方でラップしている。この事実からも、救済というテーマと、カニエの強い仲間意識が働いたアルバムであるという言い方もできるが、トキシック・マスキュリニティに起因する問題を抱えた2人を、男性間の仲間意識と上記のメッセージの元で迎えたこの作品にはいささか危険なムードが漂っていると筆者は感じている。
一方で、7曲目「Jonah」においてリル・ダークが〈Kanye and Jay still brothers〉と歌っているように、「Jail」に一時期絶縁状態と思われたジェイ・Zが参加していることは、ファンにとっても嬉しく感慨深い「仲間」の帰還だっただろう。「Jail」においてジェイ・Zは〈This might be the return of The Throne〉」と歌う。カニエとジェイ・Zのコラボアルバム『Watch The Throne』を想起させる胸アツなリリックだ。
カニエの仲間意識は、時にはこういった熱い思いをファンに与えてくれることもあれば、ファンを戸惑わせることもある。筆者としても、特にマンソンの起用には引っ掛かりを感じる。ただ、カニエらしいと言われてしまえばそれまでかもしれない。最後を飾る「No Child Left Behind」(どの子も置き去りにしない)のChildの意味を考えれば、これらがカニエ自身の信仰心と内省に向かっていくトピックなのは明確だ。
もちろん、筆者も含めた我々がこの作品を理解するにはもう少し長く付き合っていかなければならない。一本の映画ほどの長尺の中で、成功、結婚、別れ、救済、神との対話、それらのすべてが複雑に絡み合い、一人の男の内省へと接続していく。そんな今年最大の問題作は、リリースされてもなお、依然として我々を振り回し続けるだろう。