スカート、Official髭男dismら擁するIRORI Recordsレーベル長インタビュー 徹底した“アーティスト・ファースト”の姿勢
昨年5月、ポニーキャニオン内に設立された新レーベル「IRORI Records」。「急速に流行が変化する音楽シーンの中」「才能豊かなアーティストと共に、色褪せない音楽を追求し、音楽が持つ本質を的確にリスナーへ発信する」ことを目的とした同レーベルには現在、スカート、Official髭男dism、Homecomings、Kroi、SOMETIME‘Sが所属。質の高いポップミュージックを発信するレーベルとして大きな注目を集めている。
リアルサウンドでは、IRORI Recordsレーベル長のポニーキャニオン・守谷和真氏にインタビュー。これまでのキャリアからOfficial髭男dismのブレイクを共にした経験、新レーベルを立ち上げた理由、徹底したアーティスト・ファーストを軸とした活動スタンスなどについて語ってもらった。(編集部)
スカートとの出会いが考え方をシフトさせる転機に
ーーまずは守谷さんのこれまでのキャリアについて聞かせてください。
守谷:ポニーキャニオンに入社したのが2008年で、1年半くらいは営業でした。自社で扱っている映画、アニメなどのDVDをレンタルショップに卸すのが主な仕事で、音楽にはまったくタッチしてなかったです。学生時代は映画業界を志望してたんですよ。映画館でアルバイトしたり、映画制作のワークショップに参加していたこともあるし、ポニーキャニオンも当初は、映画をやりたいと思って応募したんです。
ーー映画関係を志望していたんですね。
守谷:ただの映画好きの若者だったんですよ(笑)。映画館のレイトショーにも通って、商業映画からインディーズ系の作品まで、何でも見漁って。もちろん音楽は聴いてましたけどね。学生の頃はThe Strokes、The Libertines、 The White Stripesなど、2000年代のロックンロールリバイバルがど真ん中で。UKのバンドを中心に、過去の名作なども聴いていました。
ーー仕事として音楽に関わるようになったのは?
守谷:最初の異動で、PCI MUSICという関連会社に出向したんです。主にインディーズのディストリビューションを扱う会社で、久しぶりに日本のバンドの音楽を聴き始めて。当時PCIは毛皮のマリーズ、THE BAWDIESなどのCDも流通していて、「カッコいいな」と思って。流通させてもらうアーティストを探すためにライブハウスにも足を運ぶようになり、特に新宿レッドクロス、東高円寺U.F.O. CLUB、渋谷Milkywayなどにはよく通いました。そこでライブハウスのスタッフ、インディーズレーベルの方とも知り合って、バンドシーンのことが少しずつわかるようになって。まだレーベル所属前だったgo!go!vanillasの活動を手伝っていたこともあるんですよ。当時は何のノウハウも持っていなかったので、大したことはできなかったですけど。そういうことを1年半くらいやった後、ポニーキャニオン本社に戻って、アーティストの宣伝周りを担当するようになりました。
ーーアーティスト担当、いわゆる“アー担”ですね。
守谷:はい。当時は着メロ、着うたの全盛期で、どういうメディアに出させてもらえたら楽曲が広がるかを考えて、試行錯誤しながらやっていました。アーティストの近くで仕事をするのも初めてだったし、メディアとのお付き合い、マナーやしきたりみたいなものも学ばせてもらいましたね。その後も、いろいろなタイプのアーティストを担当させてもらって、そのたびに勉強させてもらって、少しずつ仕事を覚えて。大きかったのは、GLAYに関わらせてもらったことですね。2012年からの6~7年なんですけど、とにかく活動のスケールが大きいし、初めてのことばかりで。
ーーGLAYの宣伝に関わることで、得たものとは?
守谷:いちばんはプロのアーティストとしての姿勢ですね。人間としても大先輩だし、特にメンバーの皆さんの考え方は本当に勉強になりました。あと、GLAYのプロジェクトに関わることで、この業界で仕事をするうえで必要な多くのことを知ることができました。メディアとの関係、企業とのつながりを含めて、人脈形成ができたのもすごく大きかったです。当時はプロジェクトの一員という立場で、責任のあるポジションにいたわけではないですが、宣伝のおもしろさは一通り体験できたと思います。
ーー守谷さんは、Official髭男dismのメジャーデビュー後の活動における中心的な役割を果たしています。アーティストの楽曲制作に関わったのは、彼らが最初なんですか?
守谷:厳密に言うと、スカート(澤部渡)が最初ですね。きっかけはPCI MUSICの頃からお付き合いがあった方に角張渉さん(YOUR SONG IS GOOD、ceroなどを擁するレコードレーベル・カクバリズム代表)を紹介していただいたこと。スカートの音楽は以前から聴いていたし、いちリスナーとして大好きだったんですが、メジャーリリースを考えているタイプではないだろうなと思っていたんです。ところが角張さんから、メジャーリリースの打診をいただいて。僕としては断る理由は何もないし、二つ返事で「やりましょう」と。制作的な仕事は、そのときが初めてですね。
ーーポニーキャニオンからの最初のリリースは、アルバム『20/20』。
守谷:本当に素晴らしい作品になったと思います。澤部さんは本当に素晴らしい楽曲を作る人だし、近くで仕事させてもらって、音楽を大切にしたいという気持ちがさらに強くなりましたね。それまでは宣伝的なネタを作ることや、どうすればメディアで取り扱ってもらえるかを考えることが多かったんです。広告代理店的というか、「メジャーらしい、派手な露出をしたい」という。それも大事だと思いますが、スカートと関わるようになって、もっと根底の部分、“素晴らしいクリエイティブを作る”というところに頭をシフトさせていきました。
ーーヒゲダンも、音楽的なクオリティが高いバンドですよね。
守谷:そう思います。彼らとはインディーズデビュー時からつながりがあったわけではなくて、リスナーとしてチェックしている程度だったんです。でも、あるときラジオから流れてきた曲を聴いて、「めちゃくちゃいいな」と思い、すぐにラストラム(アーティストのマネージメント、制作などを手がけるラストラム・ミュージックエンタテインメント)に連絡して。その1年後くらいに『ノーダウト』(メジャー1stシングル/2018年4月)をリリースさせてもらいました。
ーーすごくスムーズですね。てっきりメジャーレーベル各社が争奪戦を繰り広げたのかと……。
守谷:“各社争奪戦の末に”って、宣伝用の資料に書くやつですね(笑)。もちろんしっかりプレゼンはさせてもらいましたけど、タイミングも良かったんでしょうね。
ーー一切の告知なく、いきなりメジャーデビューを発表、『ノーダウト』が店頭に並ぶという仕掛けもありました。
守谷:そこは“宣伝脳”が働いてましたね。メジャーデビューの時期は、もっと後の予定だったんです。でも、急遽、月9ドラマ(『コンフィデンスマンJP』)の主題歌が決まって。普通に発表するだけではありきたりだし、自社のインフラを使うべきだなと思い、アルバム(1stフルアルバム『エスカパレード』)と同時にゲリラリリースしてみようと。聴いてもらえさえすれば、あとは曲が引っ張ってくれると思っていたので。スカートもそうですけど、ヒゲダンも曲が強いアーティストですからね。彼らに関わったことはIRORI Recordsの形成にもかなり影響を及ぼしています。
ーー「いい曲であれば必ず売れる」という確信もあった?
守谷:そうあってほしいと毎回願っていますけど、実際には出してみないとわからないです(笑)。ただ、アーティストが「これを出したい」「これをやりたい」というものを信じ抜こうとは思っていますね。僕自身に「これは絶対に売れる」みたいな自信はまったくなくて、あくまでもアーティストの意志を尊重して、それをもとに制作とプロモーションを組み立てていくので。そこにおいては、とことんやろうと思ってます。