大塚紗英、青春時代を救った音楽創作との歩み 表現の根底にある葛藤と家族への思いを語る

大塚紗英、青春時代を救った音楽創作との歩み

“不器用さ”を全肯定するメッセージ性

ーーデビュー作ってそれまで経験してきたものを、カタログとしていろいろ見せたいと思っちゃいますものね。実際『アバンタイトル』はまさにそういう作品だったと思いますが、今回の『スター街道』はその中に存在したひとつの要素をもっと深掘りした結果だと。

大塚:まさにそうですね。私はデビューの仕方が普通のミュージシャンとは違うと思っているんですよね。だから、良くも悪くも自分の意見は言っちゃいけないみたいなことがすごく染みついちゃっていて。それが良いほうに作用することもあるんですけど、前回は悪い意味で前に出てしまって、どの曲を収録するか、どの曲をリードにするか、曲順はどうするかを全部お任せしてしまったんです。それで完成した前作を悪いとはまったく思っていないんですけど、ただそういう自分のやり方はよくなかったかもしれない。なぜかというと、自分で判断していないので自分が責任を持てないし、人のせいにできちゃうから。だから、今回は1つひとつ自分で決めていった感が強くて、曲に関してもたくさん意見を言ってもらって何回も書き直しているんです。実は私、人に合わせることは好きなので、意見してもらって直していく作業ってすごく好きなんですけど、それによって何を求められているか、何をやるべきかというのがすごく明確になっていったので、それはすごくよかったですね。

ーー今回のアルバムのコンセプトとして「聴いた人を笑顔にしたい」という言葉がありましたが、それがすごくわかる1枚だと思います。

大塚:ありがとうございます。やっぱり世の中が大変な時期で、自分よりも大変な人がたくさんいると思うんです。実は去年のヒットチャートを見ていると、概ねそういった気持ちに寄り添った曲がヒットしていて。最初はそういう方向性も案として上がっていたんですけど、でも自分がやりたいことってそうじゃないなと思って。このアルバム収録曲の選考会のために100曲ぐらい作ったんですけど、選ばれないだろうなと思っていた曲が結構入っているんですよ。それによって、最終的に自分がやりたかったことにすごく近づいたんですけど、その中でもみんなインパクトのあるものが好きなんだなと思って(笑)。私のチームにいらっしゃる方は年齢や職業、立場とかそれぞれ全然違うんですけど、そういった人たちがみんな「『田中さん』はオモロいよね」と言ってくれる。オモロいっていう感情はみんな一緒なんだなということがわかったのも、すごくうれしかったんですよね。

大塚紗英 / 『田中さん』- Music Video

ーーこのアルバムはタイトルなどの言葉選びですが、インパクトはあるんだけどめちゃめちゃキャッチーなんですよね。〈田中さん〉とこれだけ連呼されるとクスッと笑ってしまうんですけど、でもこの連呼がすごくキャッチーだし、リズムに乗ったときの気持ちよさが格別なんですよ。

大塚:ああ、よかったです! 『スター街道』というタイトルも、アーティストさんによってそれぞれイメージするスターは異なると思うんですけど、私の思うスターはみんなをハッピーにさせる人なんです。そこで、私が伝えたいことや私の哲学を織り交ぜつつハッピーになってもらえる曲を書いてみたら、自分の考える一番キャッチーな姿に到達できた。私、これ以上キャッチーなアルバムはもう作れないと思うんですよね。私が思うこの概念、このテーマでこれ以上キャッチーなことはできない、やり切ったんですよ。よくこの話をすると「いや、まだまだこれからでしょ?」と言われることも多いんですけど、いやそうじゃないんだよなという。アーティストってその1回1回、命を削ってやり切って昇華していくものだと思っているから、このジャンルはもう私の中で完成したんです。だからこそ絶対に結果は欲しいですし、出ると思っているんですけどね。仮に出なかったとしても、今はその仕上がりにすごく納得しているから、何も怖いものがないという。

ーーその感じは聴いた人に必ず伝わると思いますよ。あと、それぞれの楽曲の主人公が非常にチャーミングに映るのも、本作の魅力だなと思っていて。

大塚:チャーミングですか!

ーーそれこそ「田中さん」や「檸檬サワー」「キミをペットにして飼いたい」あたりの主人公の持つ不器用さが、僕にはチャーミングに思えるんですよ。

大塚:そんな深いところまで感じ取っていただけて、めっちゃうれしいです! この主人公は私から切り出している部分が多いから、自分の不器用さを物語に変換しているだけなんですけど……それはいくつかある大きなテーマのうちのひとつで、自分の中にある不器用さや劣等感や不安、コンプレックスといったマイノリティな部分に対して、「人と違うということは悪いことじゃないんだよ」とこの作品を通して伝えたかったんです。それこそ自分自身の学生時代の経験を思い出したり、自分の兄弟のこととか……うん、兄弟のことが多いですね。私は4人兄弟の長女なんですけど、弟は優しすぎてちょっと苦労する子で。そういう姿を見ていて、「それは素晴らしいことなんだよ」と伝えてあげたくて。さっきの話とも通ずるんですけど、頭が良いことも素晴らしいけど、そうではないことも素晴らしいし、人と違うことが悪いことではない。私が人と違うと思う部分をたくさん持っているから、それは絶対に悪いことではないと伝えたかったんです。

ーー人と違う部分はその人にとって唯一無二の個性だと思うし、そういう人こそ僕は非常にチャーミングに映るんですよね。

大塚:チャーミングって言葉、素敵ですね。その一言で救われました。

ギターを得意だと思ったことがない

ーーアレンジに関しても聞かせてください。サウンドの統一感は前作以上に強まっています。

大塚:アレンジャーさんは私からの要望が多くて、大変だったと思います(笑)。アレンジをしていただく時点でその人の作品でもあると思うので、基本的にはあまり口を出さないようにしつつ、全体はなるべく見るようにしています。それこそ、フルーツバスケットの絵を描いている感覚に近くて。最初にボーカルというリンゴが置いてあって、その横にギターというマスカットがいる。で、鍵盤やシーケンスのようなキラキラエフェクトのチェリーやライチがあって、その後ろにドラムやベースを彷彿とさせるバナナやメロンが置いてある。たくさんあるけど、ちゃんと全部見えるよねっていう。私の考え的にはそれが全部横並びではないんですよ。たぶんクラシックをやってきたことが関係しているんですけど、オーケストラもピットになったときに管楽器が後ろに配置するじゃないですか。それに近い考え方で、それぞれのフレーズがごちゃごちゃになって何も見えなくなっても困るから、1つひとつの配置を整頓しないといけない。なるべくそういう耳で聴くようにしたし、ミックスもそう心がけてはいたんですけど、もちろんそれぞれプロフェッショナルの方のお力があるのが大前提。もちろん反省点も多いので、これに関しては今後の課題かなという感じです。

ーーアートワークに関しても。アルバム通常盤ではマイクを持つ大塚さんの姿が収められています。ほかの仕様でのギターや鍵盤と一緒のアートワークは、これまでの話を聞けば納得なんですが、僕はこのマイクというところに歌い手としての覚悟みたいなものを感じました。

大塚:本当にそのとおりです! 最初の打ち合わせの時点で「やっぱりギターを持ってもらいたい」と熱く言っていただいたんですけど、正直なところギターを得意だと思ったことがないんですよ。

ーーえっ、そうなんですか?

大塚:そうなんですよ。でも、世間のイメージはそうなんだなというのもわかってはいるんです。曲もずっとピアノで作ってきているし、即興で何かやってと言われてピアノでなら何でもできるんですけど、ギターの場合はスケールをたどることくらいしかできなくて。ギターだと自分から産まれている感覚がないんですよね。まずメロディを頭の中で作って、それを一度鍵盤に変換して、さらにギターのフレット上に変換する。「ギターだったらこういう奏法でやるから、こうだよね」っていう頭の回線の中でギターのフレーズを作っているから、得意とまでは言えないんです。だから、それをコアにしていくのは自分的にちょっと違うけど、熱のある要望にはすごく応えたい。そこで「どう踏襲しようかな_」と思ったときに、「ああ、全部持てばいいんだ!」と気付いたんです(笑)。ライブは感情表現をすごく大事にしているから、なるべく自由にやりたくて何も持ちたくなくてハンドマイクで歌っているので、改めて自己紹介という意味も込めて今回の形になりました。

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