『DAILY BOP』インタビュー

Lucky Kilimanjaro 熊木幸丸が追求する、刹那的な音楽に内包されるリアリティ

海外の文脈と日本で培われてきた文脈を繋げないといけない

ーーなるほど。例えば、「MOONLIGHT」はどちらかというとチルな曲ですけど、それでも、音の流れにすごく躍動感がありますよね。

熊木:「MOONLIGHT」は、50年代のジャズオーケストラみたいなイメージのクラシックなストリングスを作って、そこにJ・ディラ的な、ネオソウル的なビートを組み合わせて、それを最終的にフューチャーR&Bの感覚で出してみよう、みたいな(笑)。サビでは、ストリングスの音にカーブを書いて、裏にリズムのポイントを来るようにして、歌詞に合わせて月に重力が向かっていくような感覚を狙ってみたりしたんです。リズムでそうした緩急を付けることができるようになったのは「MOONLIGHT」が大きかったかもしれないですね。リズムによって重心を変えていき、それを歌詞の世界観とリンクさせていく。自分でも気に入っているサウンドデザインです。

Lucky Kilimanjaro「MOONLIGHT」Official Music Video

ーーリズムの音楽というか、ダンスミュージックというか、そういうものに改めて向き合ってみたときに、何故、自分はそれに惹かれるのか、気づいたことはありますか?

熊木:それ、最近自分でも考えたんですよ。「なんで俺は、TR-909のハットが鳴ったら、こんなにテンション上がるんだろう?」みたいな(笑)。でも、具体的に答えはわからないんですよね……。やっぱり、気持ちいいからかなあ? 自分ではあんまり言語化できないんですけど、“聴いていて気持ちいい”そこに尽きるような気がします。ダンスミュージックというか、ブラックミュージックを介した音楽に、なぜ自分の志向は向かうのか……? この先、もうちょっと言語化できていくのかもしれないですけど。

ーー「太陽」は、すごく日本的なものも感じさせる曲ですけど、この曲に関してはどんなイメージがありましたか?

熊木:トライバルなビートは前から好きだったんですけど、そういうものをちゃんと自分でも表現できそうな手応えがあって。そういう要素のある曲を、夏の曲として書けたら面白いなと思ったんです。でも、トライバルといっても、いわゆる「アフリカです!」という感覚とは別の視点でというか、あくまでも日本的なもの、自分の記憶にある小さい頃から行っていたお祭りなんかの記憶と、トライバルなビート感を合わせてみたら面白いんじゃないかっていう発想が「太陽」にはありました。

ーー海外の音楽から得たものを、あくまでも日本人的な感覚と合わせて昇華するということは、熊木さんにとっては大切なことですか?

熊木:そうですね。「海外のものそのままなら、俺じゃなくてもできるよね?」と思うんです。「太陽」は、日本で生きるみんなの生活の中に、トライバルなビートがポップスとして入り込んでほしいと思ったし、そのためには、海外のビートの文脈と、日本で培われてきた文脈を繋げないといけない。こういうことって、自分のなかにあるひとつのテーマでもあると思っていて。僕は、ポップスにもいろいろな楽しみがあることを伝えたいけど、自分がやるべきことは、「海外の音楽って面白いよ。聴いてください」といっていくようなことではないと思うんですよね。僕が伝えたいのは、ビートに乗る楽しさと、「それに合わせてちゃんと歌えるんだよ」っていうこと。「歌もの」となると、日本では歌からオケを外していくイメージが僕にはあるんですけど、そうじゃなくて、ちゃんとビートの中で歌えるし、それは楽しいことなんだって、自分の音楽で伝えることができればいいなと思うんですよね。

Lucky Kilimanjaro「雨が降るなら踊ればいいじゃない」Official Music Video

ーー「雨が降るなら踊ればいいじゃない」には〈ちょちょいとLO-FI RC-20〉というラインがあって、歌詞の中にプラグインの名前が出てきたり、あるいは「夜とシンセサイザー」という、楽器の名前を曲名に冠した曲もある。今回のアルバムには、音楽や楽器という存在と熊木さんとの繋がりを感じさせる部分も強くあるなと思ったんです。

熊木:たしかに、ギークっぽさはありますよね(笑)。僕のそういうところが出ているアルバムかもしれない。

ーー熊木さんが一番身近に感じる楽器となると、シンセになりますか?

熊木:どうだろう……。シンセは好きですけど、こだわっているわけでもないんですよね。それこそ「太陽」では、いわゆるシンセのサウンドはほとんど使っていなくて、一番弾いている楽器はギターですし。でも、そもそも、特定の楽器を前提に曲を作ることがないんです。「この曲だったらこういう音が欲しいな。だったらシンセだな」という感じで、頭の中にあるテーマに必要な音を突き詰めていく感覚なので。曲作りも、まずイメージが沸いたら手ドラムをやって、そこにギターや鍵盤を乗せていきながら、「どういう波形だったらいいかな」と考えたり、「もっとこういう色が欲しいな」と感じた音を探していくことが多くて。なので、道具自体に対するこだわりはあまりないんです。ただ、強いていうなら、僕はどちらかというとシンセよりもサンプラーが好きですね。

ーーサンプラーのどんなところが好きですか?

熊木:知らない音で知らない音を奏でるのが好きなんです。サンプラーってなんでもできるんですよ。こうやって叩いた音(と言いながら、机を手で叩く)をドラムにできるって、めちゃくちゃ楽しい。例えば、こういう音でも(と言って、ペットボトルのキャップを指で弾く)、多少の音程感は出るしそれを鍵盤として使えたりする、その面白さ。本来、そのために生まれたものではない音が機能するっていうことが、僕にとってはすごく面白い。きっと「音が鳴っている」ということが好きなんだと思います。どんな場面においてでも、「あ、これ、音楽になっているな」と気づく瞬間が好きなんです。

ーーその音楽に対する自由な感性は、先ほどの「太陽」の話とも繋がるかもしれないですね。いろんな音楽の要素を取り入れつつも、熊木さんはあくまでも自分自身の皮膚感覚を通した先で、それをアウトプットしようとする。

熊木:そうかもしれないです。リファレンスがあったとしても、それを下書きにして清書するような音楽の作り方はしたくないんですよね。特に今回は、自分が聴いてきた音楽の奥底にある「楽しさ」だけを取り出したうえで、そこに自分の考えでや匂いを付けていくっていうことに、しっかりと向き合おうとしたアルバムだと思います。

ーー熊木さんは、音に「匂い」を感じますか?

熊木:うん、「匂い」というのは、自分が大事にしている部分だと思います。例えばスティールパンの音を聴くと、なんとなく夏の匂いがしたり、温かい場所の匂いがしたりする。そういう、音が持つ空気というか……音が持つ画や匂いってあると思うんですよ。曲を作っているときは、曲の香りづけというか、いろんな音を入れていくことで、曲を頭の中にあるイメージに近づけていく感覚があるし、特にサンプラーはそれができるんですよね。今回のアルバムで言うと、「雨が降るなら踊ればいいじゃない」は、「雨」というイメージから想起される画と、匂いと、部屋の空気感みたいなものを曲にようにしようと思って、音や歌詞を作っていったんです。人の気持ちも含めて、ひとつの空間をちゃんと作ろうと思って書いた曲というか。そういう感じで、音の「匂い」を、音楽という表現の中に入れていくような感覚があるんですよね。

ーーなるほど。

熊木:それに、言葉にも匂いや空気ってあると思うんですよ。言葉も、記憶から出してくるものだから。「雨が降るなら踊ればいいじゃない」は、「雨」と一口に言っても人によっていろんな記憶があると思いますが、そこに、僕なりの雨のいい記憶を植え付けようとしたっていう感覚もあって。

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