ヨルシカ、幻想的な映像&音楽に散りばめた物語とメッセージ 過去・現在・未来を繋げた初の配信ライブ『前世』レポート
1月9日、ヨルシカ初の配信ライブとなる『前世』が開催された。
開演前、画面には水中の映像が流れていた。映像は暗く、ぼんやりと差し込む光で微かに魚群やサメの姿が見える。単なる水中の動画かと思いきや、よく見ると魚たちがみな逆方向に泳いでいることに気づく。逆再生になっているのだ。そして、開演時間の19時直前、ふいにいくつもの円形の幾何学模様が泡のように浮かび上がってきた。それらの円の中心から伸びる線が回転しており、そのさまは何かを思わせる。これはそう、時計だ。逆回転する時計。針の速度はどんどん速まっていき、開演時間と共にヨルシカのマークが現れる。
再び、水中の映像。弦楽器の重厚なアンサンブルと共に徐々にカメラが引きになり、ガラスを隔ててストリングス隊の姿が映って、どこかの水族館らしき大きな水槽の前であることがわかる。そして浮かび上がる、「前世 YORUSHIKA LIVE」の文字。限りなく絞られた照明の中、ピアノと共に「藍二乗」で本編がスタートした。今回のライブはアコースティック編成であり、バイオリン、ビオラ、チェロが加わった上、全体的に原曲よりもピアノの比重が多いアレンジになっている。次の「だから僕は音楽を辞めた」は、さっそくsuisのボーカルの力を見せつけられる曲となった。落ちサビの〈間違ってないよな〉という縋るようなか細い声からの、〈間違ってるんだよ わかってるんだ/あんたら人間も/本当も愛も救いも優しさも人生もどうでもいいんだ〉で、息遣いと微かな震えまじりの生々しい慟哭が炸裂する。
疾走するような2曲の後、我に返るようにテンポを緩めてやってくるのが「雨とカプチーノ」と「パレード」。〈君が褪せないような思い出を〉(「雨とカプチーノ」)、そして〈忘れないように/君のいない今の温度を〉(「パレード」)と歌うのを聴いて、ヨルシカの音楽には、今はいない「君」を想う曲が多いことを思い出す。曲間でジャジーなピアノが鳴り出すと、それに合わせてn-bunaのギターが特徴的なリフを弾き始める。そしてsuisの〈言って〉の声で、一気に「言って。」のイントロに突入していく。「言って。」はポップな曲調で、suisの声色も他の曲と比べて無邪気だ。けれど、これもまた「逝って」しまった君を想う曲だ。
「言って。」を歌い終えたsuisは椅子からおもむろに立ち上がり、歩き出す。やってきたのは、暗く狭い部屋らしき場所。suisの前にはテレビがあり、ギターを弾くn-bunaが映っている。そこで始まるのは、ピアノを主旋律に、原曲よりもグッとシンプルでゆったりしたテンポにアレンジされた「ただ君に晴れ」だ。さらにカメラが回っていくことで、部屋には鏡があり、その中に水槽が映りこんでいるのが見える。スクリーン越しに見せられる不鮮明なテレビ画面、音数を減らしシンプルになった「ただ君に晴れ」の演出は、記憶が遠くなるほどに曖昧になっていくのを象徴しているようだった。
続く「ヒッチコック」では画面自体がセピアになり、さらに記憶は古く、深度を増していく。〈ヒッチコックみたいなサスペンス〉と歌った瞬間、鏡に映る水槽の中だけが極彩色のオレンジや黄色に変わるのは、文字通りヒッチコックの映画を模しているのだろう。〈想い出だけが見たいのは/我儘ですか。〉という歌詞もまた象徴的だ。
曲の終わりと共に、セピアだった画面は色を取り戻し、suisも夢から覚めたようにふっと立ち上がって、部屋を出る。この時に流れているのは「青年期、空き巣」。この曲には、レコードの片面が終わり、続きを再生するために裏面にひっくり返すよう指示する英語のセリフが入っている。そして、これがインスト曲を含めた17曲あるこの日のセトリの、ちょうど真ん中の9曲目なのである。
映像の中では、オープンニングにも登場した時計を模した図形が、今度は正しく時計回りに回転し始める。まるで過去の記憶に浸っていた意識が現在に戻ってくるかのように。そうして始まるのは、昨年7月に発売されたアルバム『盗作』からの3曲だ。まずは「春ひさぎ」。ストリングスアレンジが特に映えたのはこの曲ではないだろうか。商業音楽を売春に例えたこの曲の不穏な雰囲気を、弦楽器特有の長く伸びる悲鳴のような音色と、赤く照らされた水槽が引き立てる。その後は、原曲の溌剌としたバンドサウンドを強く残した「思想犯」そして、「花人局」と続く。